最高裁判所HP 知財判決速報より
★H18.2.27 知財高裁 平成17(ネ)10100等 著作権 民事訴訟事件
★原審
H17.6.23 東京地裁 平成15(ワ)13385 著作権 民事訴訟事件
★過去のブログ記事
ジョン万次郎銅像事件判決=知財判決速報より=2005年07月08日
■事案
ジョン万次郎の銅像の著作者をめぐって争われた事件の控訴審判決
■結論
控訴棄却(一審原告側勝訴)
■争点
条文 著作権法第14条、19条
1 著作者推定の際の立証の内容(14条)(略)
2 真実とは異なる著作者の氏名の表示とその合意の有効性(19条)
■判決内容
ここではいくつか争点となったもののうち、
真実とは異なる著作者の氏名の表示を
著作者が合意していた場合のその合意の
肯否に判決上言及した点について触れたいと思います。
一審被告(以下、被告といいます)は、
銅像の台座部分等に被告の通称名が記載されている
点について、制作当初から一審原告
(以下、原告といいます)はそのことを認識していた
にもかかわらず、30年にわたってなんら異議を
申立てていなかった等の事情から
原告被告間では、銅像には被告名義で氏名を表示し、また
原告は銅像の著作者としての権利を主張しない旨の
合意が存在していたと主張しました。
この点について、判例は明示的または黙示的にも合意が
成立したとは認められないと判断。
さらに、
『加えて,著作者人格権としての氏名表示権(著作権法19条)については,著作者が他人名義で表示することを許容する規定が設けられていないのみならず,著作者ではない者の実名等を表示した著作物の複製物を頒布する氏名表示権侵害行為については,公衆を欺くものとして刑事罰の対象となり得ることをも別途定めていること(同法121条)からすると,氏名表示権は,著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく,むしろ,著作物あるいはその複製物には,真の著作者名を表示をすることが公益上の理由からも求められているものと解すべきである。したがって,仮に一審被告と一審原告との間に本件各銅像につき一審被告名義で公表することについて本件合意が認められたとしても,そのような合意は,公の秩序を定めた前記各規定(強行規定)の趣旨に反し無効というべきである。』
として、そもそもこうした合意は無効であるとしました。
■コメント
学説上、田村先生はゴーストライターを例にとって
19条の文言解釈や121条の規定の存在から
「別人を著作者として掲げる契約が締結されたとしても、
公序良俗に反し無効となると解される。」とされており
(田村善之「著作権法概説第二版」(2001)411頁以下)、
判決も同様の立場に立つものといえます。
田村先生は、著作者人格権行使を制限する場面の議論で
著作者人格権の放棄をも肯定する見解に立たれていますが
その先生が著作者人格権の処分・利用行為の限界例として
ゴーストラーター事例を上げられている点は示唆的です。
ところで、121条(著作者名詐称罪)の
立法経緯については、加戸守行「著作権法逐条講義
四訂新版」(2003)713頁以下に詳しく述べられています。
そしてここでは、真正著作者の同意が本条の
著作者名称詐称行為の違法性を阻却すること
になるかについても言及されています。
本条には著作者の人格権の保護と公衆を偽罔する行為を
禁止することで公益的利益を保護するという
2つの側面があることから
(旧法40条(明治32年法律39号)について水野錬太郎政府委員
の見解 後掲最新著作権関係判例集540頁、なお加戸前掲書717頁)、
本条は真正著作者の同意があっても、
違法性は阻却されない趣旨であると考えられます。
もっとも、「ゴーストライター」(代作)といっても
様々な場面が想定されるので、
形式的には本条に該当しても刑法上の違法性の評価は
個別具体的になり得ます(加戸前掲書718頁)。
なお、大審院時代の判例に旧法40条に関して
著作者の同意の存在によって無罪となったケースがあります
(大審院大正2.6.3「三体新書翰」仮装著作者事件)
(最新著作権関係判例集2-2 539頁以下)。
現行の121条は旧法40条を引継いだものですが、
大審院は原審の判断を覆して同意の存在を重視して
無罪としました。
当時はその判決を是認する見解(木村篤太郎弁護士)と
これを批判する見解(佐々木惣一博士)の
双方がありましたが、加戸先生はこの判決に対しては
佐々木説同様、疑問を示されています(加戸前掲書717頁)。
いずれにしても旧法40条、121条の立法者意思解釈から
19条で想定しうる著作者人格権の処分可能な
範囲を検討することは著作権法の全体構造を
考える上で十分理論的であると考えます。
その上で反社会的な行為と評価されるような
著作者人格権の処分・利用行為とは
いったいどのようなものか
検討を加えていくことになります。
著作者人格権の行使を制限する場面の議論、つまり
この権利を放棄することができるのか、あるいは
契約(合意)によって権利行使を制限することが
できるのかという議論は著作者人格権の本質論まで
遡って長年のあいだ続けられています。
こうした中で、著作者人格権の不行使合意、特に
外形的に真正な著作者名を偽るような表示を
著作物に対して行うことの合意の有効性について、
裁判所が一定の判断を下している点に本判決の
先例としての価値があるものといえます。
■参考文献
上野達弘「著作者人格権をめぐる立法的課題」
『知的財産法の理論と現代的課題ー中山信弘先生還暦記念論文集』
(2005)355頁以下
内藤篤「エンタテインメント契約法」(2004)114頁以下
斉藤博「著作権法第二版」(2004)205頁以下
半田正夫「著作権法の研究」(1971)216頁以下
同 「著作権法概説第12版」(2005)113頁以下
作花文雄「詳解著作権法第三版」(2004)419頁
小宮山宏之「著作権法の条理と解釈」苗村憲司ほか
『現代社会と著作権法』(2005)57頁以下
潮海久雄「職務著作制度の基礎理論」(2005)128頁以下
中山信弘「ソフトウェアの法的保護新版」(1988)67頁以下
金井重彦、小倉秀夫編著「著作権法コンメンタール下巻」(2002)303頁以下
■関連ブログ記事
言いたい放題
[著作権][裁判]著作権法121条について
■追記(06.3.17)
「企業法務戦士の雑感」
■[企業法務][知財] 著作権法における「公序」とは?
「企業法務戦士の雑感」さんが指摘されているように、
著作権法上の強行規定性の問題について、
文化審議会の動向も踏まえつつ
契約自由の原則と公序の関係、
さらには経済刑法上の違法性の質に関して
今後考えていきたいと思います。
■追記(06.3.20)
■参考文献
山本敬三「公序良俗論の再構成」(2000)149頁以下
■追記(06.3.26)
■参考文献
「積極的一般予防論」の観点から刑事立法のありかた
(法益論の背後にある規範の追求)に言及したものとして
松宮孝明「刑事立法と犯罪体系」(2003)17頁以下
■追記(06.4.18)
三浦正広「情報社会における氏名権の現代的展開」
『紋谷暢男教授還暦記念 知的財産権法の現代的課題』(1998)819頁以下
■追記(06.6.25)
柳沢眞実子「ゴーストライターの氏名表示権」
『著作権法と民法の現代的課題 半田正夫先生古稀記念論集』(2003)119頁以下
★H18.2.27 知財高裁 平成17(ネ)10100等 著作権 民事訴訟事件
★原審
H17.6.23 東京地裁 平成15(ワ)13385 著作権 民事訴訟事件
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ジョン万次郎銅像事件判決=知財判決速報より=2005年07月08日
■事案
ジョン万次郎の銅像の著作者をめぐって争われた事件の控訴審判決
■結論
控訴棄却(一審原告側勝訴)
■争点
条文 著作権法第14条、19条
1 著作者推定の際の立証の内容(14条)(略)
2 真実とは異なる著作者の氏名の表示とその合意の有効性(19条)
■判決内容
ここではいくつか争点となったもののうち、
真実とは異なる著作者の氏名の表示を
著作者が合意していた場合のその合意の
肯否に判決上言及した点について触れたいと思います。
一審被告(以下、被告といいます)は、
銅像の台座部分等に被告の通称名が記載されている
点について、制作当初から一審原告
(以下、原告といいます)はそのことを認識していた
にもかかわらず、30年にわたってなんら異議を
申立てていなかった等の事情から
原告被告間では、銅像には被告名義で氏名を表示し、また
原告は銅像の著作者としての権利を主張しない旨の
合意が存在していたと主張しました。
この点について、判例は明示的または黙示的にも合意が
成立したとは認められないと判断。
さらに、
『加えて,著作者人格権としての氏名表示権(著作権法19条)については,著作者が他人名義で表示することを許容する規定が設けられていないのみならず,著作者ではない者の実名等を表示した著作物の複製物を頒布する氏名表示権侵害行為については,公衆を欺くものとして刑事罰の対象となり得ることをも別途定めていること(同法121条)からすると,氏名表示権は,著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく,むしろ,著作物あるいはその複製物には,真の著作者名を表示をすることが公益上の理由からも求められているものと解すべきである。したがって,仮に一審被告と一審原告との間に本件各銅像につき一審被告名義で公表することについて本件合意が認められたとしても,そのような合意は,公の秩序を定めた前記各規定(強行規定)の趣旨に反し無効というべきである。』
として、そもそもこうした合意は無効であるとしました。
■コメント
学説上、田村先生はゴーストライターを例にとって
19条の文言解釈や121条の規定の存在から
「別人を著作者として掲げる契約が締結されたとしても、
公序良俗に反し無効となると解される。」とされており
(田村善之「著作権法概説第二版」(2001)411頁以下)、
判決も同様の立場に立つものといえます。
田村先生は、著作者人格権行使を制限する場面の議論で
著作者人格権の放棄をも肯定する見解に立たれていますが
その先生が著作者人格権の処分・利用行為の限界例として
ゴーストラーター事例を上げられている点は示唆的です。
ところで、121条(著作者名詐称罪)の
立法経緯については、加戸守行「著作権法逐条講義
四訂新版」(2003)713頁以下に詳しく述べられています。
そしてここでは、真正著作者の同意が本条の
著作者名称詐称行為の違法性を阻却すること
になるかについても言及されています。
本条には著作者の人格権の保護と公衆を偽罔する行為を
禁止することで公益的利益を保護するという
2つの側面があることから
(旧法40条(明治32年法律39号)について水野錬太郎政府委員
の見解 後掲最新著作権関係判例集540頁、なお加戸前掲書717頁)、
本条は真正著作者の同意があっても、
違法性は阻却されない趣旨であると考えられます。
もっとも、「ゴーストライター」(代作)といっても
様々な場面が想定されるので、
形式的には本条に該当しても刑法上の違法性の評価は
個別具体的になり得ます(加戸前掲書718頁)。
なお、大審院時代の判例に旧法40条に関して
著作者の同意の存在によって無罪となったケースがあります
(大審院大正2.6.3「三体新書翰」仮装著作者事件)
(最新著作権関係判例集2-2 539頁以下)。
現行の121条は旧法40条を引継いだものですが、
大審院は原審の判断を覆して同意の存在を重視して
無罪としました。
当時はその判決を是認する見解(木村篤太郎弁護士)と
これを批判する見解(佐々木惣一博士)の
双方がありましたが、加戸先生はこの判決に対しては
佐々木説同様、疑問を示されています(加戸前掲書717頁)。
いずれにしても旧法40条、121条の立法者意思解釈から
19条で想定しうる著作者人格権の処分可能な
範囲を検討することは著作権法の全体構造を
考える上で十分理論的であると考えます。
その上で反社会的な行為と評価されるような
著作者人格権の処分・利用行為とは
いったいどのようなものか
検討を加えていくことになります。
著作者人格権の行使を制限する場面の議論、つまり
この権利を放棄することができるのか、あるいは
契約(合意)によって権利行使を制限することが
できるのかという議論は著作者人格権の本質論まで
遡って長年のあいだ続けられています。
こうした中で、著作者人格権の不行使合意、特に
外形的に真正な著作者名を偽るような表示を
著作物に対して行うことの合意の有効性について、
裁判所が一定の判断を下している点に本判決の
先例としての価値があるものといえます。
■参考文献
上野達弘「著作者人格権をめぐる立法的課題」
『知的財産法の理論と現代的課題ー中山信弘先生還暦記念論文集』
(2005)355頁以下
内藤篤「エンタテインメント契約法」(2004)114頁以下
斉藤博「著作権法第二版」(2004)205頁以下
半田正夫「著作権法の研究」(1971)216頁以下
同 「著作権法概説第12版」(2005)113頁以下
作花文雄「詳解著作権法第三版」(2004)419頁
小宮山宏之「著作権法の条理と解釈」苗村憲司ほか
『現代社会と著作権法』(2005)57頁以下
潮海久雄「職務著作制度の基礎理論」(2005)128頁以下
中山信弘「ソフトウェアの法的保護新版」(1988)67頁以下
金井重彦、小倉秀夫編著「著作権法コンメンタール下巻」(2002)303頁以下
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■追記(06.3.17)
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今後考えていきたいと思います。
■追記(06.3.20)
■参考文献
山本敬三「公序良俗論の再構成」(2000)149頁以下
■追記(06.3.26)
■参考文献
「積極的一般予防論」の観点から刑事立法のありかた
(法益論の背後にある規範の追求)に言及したものとして
松宮孝明「刑事立法と犯罪体系」(2003)17頁以下
■追記(06.4.18)
三浦正広「情報社会における氏名権の現代的展開」
『紋谷暢男教授還暦記念 知的財産権法の現代的課題』(1998)819頁以下
■追記(06.6.25)
柳沢眞実子「ゴーストライターの氏名表示権」
『著作権法と民法の現代的課題 半田正夫先生古稀記念論集』(2003)119頁以下