東京国立近代美術館(竹橋)で開催中の
写真展に会期末ぎりぎりで
足を運ぶことができました。
「日本におけるドイツ年」イベントの
一環としても位置づけられるのでしょう。
現在ドイツで活躍中の10名ほどの写真家の
展覧会。
同時に2階のギャラリーでは
ワイマール共和国時代の一群の肖像写真で
有名なザンダーの展覧会も開催されていました。
ドイツだから・・・という特色は
展示写真には見られませんでした。
それぞれに個性ある作品を制作しています。
ただ、撮影してから80年以上経過している
ザンダーの写真の力強さを前にすると
現在の作家の作品の感銘力が薄らいですら
しまいます。
「時間」による選別は残酷ですらあると
感じるこの瞬間。
100年後にもなお人々の記憶に残る
作品とはいったいなにか、と。
東京国立近代美術館:ドイツ写真の現在 ― かわりゆく「現実」と向かいあうために/アウグスト・ザンダー展
12月18日まで
写真展に会期末ぎりぎりで
足を運ぶことができました。
「日本におけるドイツ年」イベントの
一環としても位置づけられるのでしょう。
現在ドイツで活躍中の10名ほどの写真家の
展覧会。
同時に2階のギャラリーでは
ワイマール共和国時代の一群の肖像写真で
有名なザンダーの展覧会も開催されていました。
ドイツだから・・・という特色は
展示写真には見られませんでした。
それぞれに個性ある作品を制作しています。
ただ、撮影してから80年以上経過している
ザンダーの写真の力強さを前にすると
現在の作家の作品の感銘力が薄らいですら
しまいます。
「時間」による選別は残酷ですらあると
感じるこの瞬間。
100年後にもなお人々の記憶に残る
作品とはいったいなにか、と。
東京国立近代美術館:ドイツ写真の現在 ― かわりゆく「現実」と向かいあうために/アウグスト・ザンダー展
12月18日まで
コメント
コメント一覧
美術作品だけでなく工芸品、装飾品でも100年後に世代を越えて使い継がれていくものが作れれば、作り手としては本望ですね。
作家さんすべてが
後々のことを考えて
創作活動をしているとは思いませんが
芸術、創作活動に
普遍的な価値を求めてしまうのも
アリかな、と思いまして・・・
自己の存在証明としての作品
作品が永遠なるモノになりうるか
いまココにいる自分 ニンゲンが
いったいどういうものなのか
ふと、立ち止まって
考えてみたりします。
>ドイツだから・・・という特色は
>展示写真には見られませんでした。
>それぞれに個性ある作品を制作しています。
本当。そうですね、個性。
今年と来年は ドイツ年で
「意味を求める人たち」という(勝手な)固定観念を
打破するような
アートにめぐり合いたいと思います。
既に行かれていたんですねー
それにしても写真展にも行かれるとは
Jマスさんも守備範囲が広い!
来年も素敵なアートとの出会いが
あればと思っています。。
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