事案は、集合住宅向けにテレビ放送を対象としたハードディスクビデオレコーダーシステム(商品名「選撮見録(よりどりみどり)」)の販売を行っていた被告会社に対し、民放5社が放送番組制作者としての著作権(複製権及び公衆送信権)、放送事業者としての著作隣接権(複製権及び送信可能化権)の侵害を理由として上記商品の使用と販売の差止廃棄著作権法第112条)を求めたものです。

H17.10.24 大阪地裁 平成17(ワ)488 著作権 民事訴訟事件


争点としてはいくつかありますが、著作隣接権侵害性判断での「送信可能化性」「公衆性」、「侵害行為主体性」そして「差止の成否」などが争われました。


本判例は間接侵害事例で差止請求を認めた判例といえるので、ここでは特に間接侵害事例での「差止の成否」についての学説状況だけ簡単に整理しておきたいと思います。



2000年「スターデジオ事件」地裁判決、2001年「ときめきメモリアル事件」「ビデオメイツ事件」両最高裁判決という判例状況、またプロバイダー責任制限法制の検討というなかで寄与侵害・間接侵害委員会(社団法人著作権情報センター附属著作権研究所)が2000年に開催され、7回にわたる審議の結果として「寄与侵害・間接侵害に関する研究」(著作権研究所叢書4号 2001年3月)報告書を公表しています。

委員会の委員には角田政芳教授や田中豊弁護士が名前を連ねており、角田教授は1993年に「著作権の間接侵害論ー序論ー」と題する論文を発表されています(特許研究16号18頁以下)。
角田教授は「特許研究」で米英における寄与侵害、間接侵害、わが国における知財法上の間接侵害のありかたについて一般的に検討されています。
さらに同教授は「インターネットと著作権の間接侵害理論」と題する講演を行っておいでです(コピライト500号2頁以下 2002)。
この講演録では、わが国の判例の考え方がイギリスやアメリカの寄与侵害、間接侵害の理論に近づきつつあるという認識を示されています。

田中豊弁護士はビデオメイツ事件に弁護人として関与されていて、「著作権侵害とこれに関与する者の責任」と題して「コピライト」485号2頁以下(2001)に講演録を公表されています。
田中弁護士は問題の所在として情報のデジタル化・ネットワーク化があるとされ、また国内の裁判例を細かく検討されています。



著作権法第112条1項では「著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と差止請求権を規定しているわけですが、この「侵害する者又は侵害するおそれがある者」に直接侵害者のみならず教唆者や幇助者のような間接侵害者も含めるか、議論があります。


間接侵害については立法的措置を待つべきであるという見解を消極説、解釈論的に含めることを肯定する見解を積極説としますと以下のようになります。


[積極説]

1 角田政芳教授「インターネットと著作権の間接侵害理論」(コピライト500号2頁以下 2002)
2 田中豊弁護士「寄与侵害・間接侵害に関する研究」(著作権研究所叢書4号 36頁以下 2001)
3 鎌田薫教授 「寄与侵害・間接侵害に関する研究」(著作権研究所叢書4号 58頁以下 2001)
4 山本隆司弁護士「プロバイダ責任制限法の機能と問題点ー比較法の視点からー」(コピライト495号12頁以下 2002)
5 作花文雄教授「民法法理と著作権制度の体系及び構造ー著作物利用・著作権侵害に係る行為・行為者・行為地ー」(コピライト500号16頁以下 2002)
         『「ときめきメモリアル」事件最高裁判決』(判例時報1755号判例評論512号33頁以下 2001)
        「通信カラオケリース業者著作権侵害差止請求事件」(コピライト505号46頁以下 2003)
6 牧野利秋弁護士「ファイルローグ事件仮処分決定と複数関与者による著作権侵害(下)」(NBL751号47頁以下 2002)
7 小松一雄判事「著作権侵害行為の差止請求権」(新裁判実務大系22著作権関係訴訟法523頁以下 2004)


[消極説]

1 上野達弘教授 「メモリ−カードの使用と著作者の同一性保持権侵害等」(民商法雑誌125巻6号753頁以下 2002)
2 高部真規子判事「最高裁判所判例解説」(法曹時報54巻10号2742頁以下 2002)
3 辰巳直彦教授 「専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるカラオケ装置につきリース業者がリース契約を締結して引き渡す場合の注意義務」(判例時報1767号判例評論516号36頁 2002)
4 大瀬戸豪志教授「カラオケ装置のリース業者の注意義務」(平成13年度重要判例解説ジュリスト1224号291頁 2002)


従来、著作権法が特許法のような間接侵害規定を置いていないこと等から消極説が通説的見解といえましたが(牧野「新裁判実務大系22著作権関係訴訟法」360頁)、学説状況としては積極説も台頭しているわけです(ただし、積極説の内容も様々で幅があります)。

判例としては大阪地裁平成15年2月13日「ヒットワン事件」(判例タイムズ1124号285頁以下 2003 判例時報1842号120頁以下 2004)で幇助者に対する差止請求が間接侵害理論に立って認められています。
(なお最近では、ウエブサイト掲示板管理人の責任を巡って差止請求が認められていますが、この事案では管理人に直接的な関与責任を認めています(「2ちゃんねるVS小学館事件」東京高裁平成17年3月3日 平成16(ネ)2067)。)



今回の判決では、侵害主体性の判断において間接侵害理論の適用の余地を認めつつも被告会社の侵害主体性を明確に否定し、なお販売行為について法112条1項を「類推」するという論理で差止請求を肯定しています。

従来、間接侵害理論の導入のメリットが幇助者等の間接侵害者に対する差止請求の肯定にあり、幇助者等に対する差止請求の法的基礎付けを与えるために学説判例上議論が重ねられてきました。
ところが、差止請求の前提議論であった侵害主体性を否定したにもかかわらず差止の必要性と利益考量論から差止請求を肯定しています。

本判決は、著作権保護のために差止制度を柔軟に解釈しその実効性を最大限に確保しようとする政策的価値判断に立つもので、あるいは直接行為者の違法性を問題とすることなく関与者の独自の著作権侵害行為を認める場合(狭義の間接侵害類型)の差止の可能性を肯定する鎌田教授の見解(著作権研究所叢書4号 58頁以下)と同じ範疇にあると捉えることができるかもしれません。
しかし、この見解でも侵害行為の実質(法第30条の解釈論なども含めて)が検討されなければなりません。

本判決の評価についてはさらに検討する必要があると思われます。


■追記(06.2.20)

文化審議会著作権分科会報告書(文部科学省)

第1章法制問題小委員会(PDF:1,696KB)
第5節司法救済ワーキングチーム(139頁以下)に
「間接侵害論」に関して、比較法上の
検討も加えられた報告が掲載されています。

文化審議会著作権分科会報告書



■追記(06.4.29)

参考文献

高部眞規子「著作権侵害の主体について(連載・知的財産法の潮流<著作権法編2>)」
      ジュリスト1306号(2006.2.15)114頁以下

佐藤豊「著作物利用のための手段を提供する者に対する差止め
   知的財産法政策学研究2号(2004)77頁以下

以下のサイトで
知的財産法政策学研究(北海道大学大学院)所収の
論文がPDFで読むことができます。

知的財産法政策学研究/21世紀COEプログラム:「新世代知的財産法政策学の国際拠点形成」研究プロジェクト

佐藤論文PDF
佐藤豊「著作物利用のための手段を提供する者に対する差止め」PDF