最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

現代美術作品和解条項違反事件

東京地裁令和4.1.21平成30(ワ)39000損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 中島基至
裁判官    吉野俊太郎
裁判官    齊藤 敦

*裁判所サイト公表 2022.4.27
*キーワード:訴訟上の和解、公表、現代美術、画商

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■事案

現代美術作品の取扱いに関する和解条項に違反したかどうかが争点となった事案

原告:現代美術美術商
被告:美術家相続人(訴訟承継人)

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法4条、民法695条、民事訴訟法267条

1 本件禁止条項に違反する行為の意義
2 本件作品1及び2に係る本件禁止条項違反の有無
3 本件作品3及び4に係る本件禁止条項違反の有無
4 本件作品5ないし9に係る本件禁止条項違反の有無
5 被告が責任を負う金額

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■事案の概要

『本件は,美術商である原告が,著名な美術家であったC(以下「亡C」という。)の相続人である被告に対し,亡Cが,原告と亡Cとの訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)の和解条項の2項(4)(以下「本件禁止条項」という。)に違反する態様で作品の公表等をしたと主張し,本件和解の定める違約金1800万円及び本件和解の債務不履行による損害金合計2億0910万円並びにこれらに対する本訴状送達の日の翌日である平成30年12月24日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。』
(1頁以下)

<経緯>

S55  原告とCの間で独占管理契約
H13  レンバッハハウス市立美術館で展示会開催、カタログ・レゾネ製作
H23  Cが原告に契約終了確認通知
H24  原告とCが合意書締結
H25  債務弁済契約公正証書作成
H27  原告がCに対して作品「Wire Rope」廃棄を求め提訴(本件前訴)
H28  和解成立
H30  美術商F、G、Hがカタログ・レゾネ未掲載作品をネットに掲載等
H30  原告が禁止条項違反を理由にCを提訴(本件訴訟)
R2.08 C逝去
R3.07 相続人が本件訴訟受継

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■本件和解の和解調書の内容(5頁以下)

1(4)
原告と被告は,被告が1963年から2001年までに制作し,被告が制作した作品として公表した全ての立体作品は,「E CATALOGUE RAISONNE 1963-2001」(LENBACHHAUS)(2001年出版,レンバッハハウス美術館),以下,「本件カタログ・レゾネ」という。)に全て記載されていることを確認する。

2(2)
被告は,原告の書面による事前承諾がない限り,本件各作品の再制作を行わない。

(4)
被告は,自らがこれまでに制作した又は今後制作する作品について,当該作品の作品表記,作品制作,作品発表, 作品販売にあたり,以下の事項を遵守する。
ア 被告は,原告の書面による事前承諾がない限り,本件カタログ・レゾネに記載されていない立体作品を,1963年から2001年までの間に自らが制作した作品であるとして公表しない。
 また,上記期間内に被告が制作した立体作品で,本件カタログ・レゾネに掲載されていない立体作品が第三者の下に存在することが判明した場合,当該立体作品については,レンバッハハウス美術館が制作するカタログ・レゾネ(本件カタログ・レゾネの改訂版,又は,新たに制作されるカタログ・レゾネ)において公表する場合,又は,上記立体作品が,上記期間内に被告により制作された立体作品であることをレンバッハ美術館が承認し,許諾した場合には,上記立体作品を被告の作品として公表することができる。ただし,当該立体作品が公表される新しいカタログ・レゾネを出版する前に,原告と被告とは,当該作品が本件カタログ・レゾネに掲載されなかったことについて別途協議する。
イ 被告は,前項アで公表することができるとされた場合を除き,本件カタログ・レゾネに記載されていない作品が存在すること又は存在したことを前提とする作品明細表記を行わない。
ウ 被告は,本件各作品又は本件カタログ・レゾネに記載されていない作品の複製であると誤認させる年代表記を行わない。

(5)
被告が,上記(1)ないし(4)に違反した場合,被告は,原告に対し,遵守事項違反に基づく違約金として,違反した作品1点ごとに200万円を,違反発覚後すみやかに支払う。ただし,被告の違反行為により原告に損害が生じた場合,原告が,被告に対し,別途,損害賠償請求することを妨げない。

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■判決内容

<争点>

1 本件禁止条項に違反する行為の意義

(1)本件禁止条項の対象者

本件禁止条項の対象者として、美術商Fらが含まれるかどうかについて、
「訴訟の係属中に訴訟代理人たる弁護士も関与して成立した訴訟上の和解においては、その文言自体相互に矛盾し、または文言自体によつてその意味を了解しがたいなど、和解条項それ自体にかしを含むような特別の事情のないかぎり、和解調書に記載された文言と異なる意味に和解の趣旨を解すべきではない。」(裁判要旨 最高裁昭和44年7月10日昭和43(オ)1246判決)を前提に、裁判所は、本件和解は訴訟代理人である弁護士が関与して成立した訴訟上の和解であり、本件禁止条項はその文言どおり解釈すれば、「被告」(亡C)が、
・「公表しない」こと
・「作品明細表記を行わない」こと
・「年代表記を行わない」こと
を定めたものであることは明らかであると裁判所は判断。
本件禁止条項には第三者による作品公表等を禁止するものと解し得る文言は存在しないとして、本件禁止条項は亡Cに限り、所定の作品公表等を禁止する旨を定めたものであると解するのが相当であり、本件美術商らに対してまで所定の作品公表等を禁止する旨を定めたものと解することはできないと判断しています(18頁以下)。

(2)本件禁止条項にいう「公表」の意義

被告は、本件禁止条項にいう「公表」は著作権法4条にいう「公表」に限定される旨主張しました。
この点について、裁判所は、
・本件禁止条項には単に「公表」と規定するにとどまり、これが著作権4条にいう「公表」と同義であることを明示する文言は存在しない。
・本件和解の趣旨目的は、被告において1963年から2001年までの間に制作した作品が本件カタログ・レゾネに全て記載されていることを確認するとともに、これに抵触する行為を禁止するものであり、本件禁止条項は本件カタログ・レゾネに記載されていない作品については、既に公表された作品を含めて、上記の期間に制作された旨の作品明細表記等をしないことを約したものと解するのが自然である。

といった点から、本件禁止条項にいう「公表」は、著作権法4条にいう「公表」に限定されるものではないと解するのが相当であると判断しています(19頁以下)。

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2 本件作品1及び2に係る本件禁止条項違反の有無

亡Cの関与の内容、程度等の諸事情を総合考慮するなどした上で、裁判所は、結論として、本件作品1及び2について、亡Cは本件禁止条項に違反したものと認定されています(20頁以下)。

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3 本件作品3及び4に係る本件禁止条項違反の有無

亡Cが本件和解の成立後、本件作品3及び4の前記年代表記をしたものと評価することはできないとして、裁判所は結論として、本件作品3及び4について、亡Cが本件禁止条項に違反したものと認めることはできないと判断しています (24頁以下)。

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4 本件作品5ないし9に係る本件禁止条項違反の有無

亡Cが本件和解の成立後、本件カタログの販売に関与し、あるいは、これに関与すべき地位にあったことを認めるべき証拠はないなどとして、裁判所は、本件作品5ないし9について、亡Cが本件禁止条項に違反したものと認めることはできないと判断しています(28頁以下)。

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5 被告が責任を負う金額

原告は、本件禁止条項違反の9点の作品公表等についての違約金1800万円(200万円×9点)と、原告所有作品の価値下落分の損害金2億2710万円を主張しました。
裁判所は、結論として、本件作品1及び2に関する禁止条項違反について、本件和解の和解条項2(5)の規定に基づき、原告に対して各200万円の合計400万円の違約金のみを被告は支払う義務を負うと判断しています(29頁)。

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■コメント

2020年8月に亡くなられた原口典之さんに関係する訴訟になります。前訴での和解の内容は作品の範囲や公表方法の取決めであることから、著作権や著作者人格権に関わる内容だといえます。
現代美術作家と美術商の関係性を垣間見ることができる事案ですが、背景にあるのは美術商としてどれほど作家のブランディング構築に尽力してきたか、そのあたりの思いとの兼ね合いでしょうか。
原口さんゆかりの横須賀、三浦半島にある横須賀美術館で回顧展が開催されたらと願うところです。

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■参考サイト

「原口典之さん死去 もの派の美術家 代表作は「オイルプール」」
(井上昇治 2020年9月1日/2022年1月20日
OutermostNAGOYA 名古屋×アート、舞台、映像… )
記事

「原口典之「wall to wall Noriyuki Haraguchi」2020.03.07 - 05.06」(美術手帖 展覧会情報)
記事

「横須賀・三浦半島の作家たち1 原口典之・若江漢字」
横須賀美術館(2011年2月11日-2011年4月10日開催)
展覧会アーカイブ