最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

トレース疑惑Twitter書き込み事件

東京地裁令和3.12.23令和2(ワ)24492発信者情報開示請求事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 國分隆文
裁判官    矢野紀夫
裁判官    佐々木亮

*裁判所サイト公表 2022.1.12
*キーワード:イラスト、発信者情報開示請求、引用、トレース、同一性保持権

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■事案

トレース疑惑に関する書き込みについて引用の成否などが争点となった発信者情報開示請求事件

原告:イラストレーター
被告:ツイッター社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法20条、32条、プロバイダ責任制限法4条1項

1 本件各投稿により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか
2 本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか
3 原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか

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■事案の概要

『本件は,原告が,ツイッター(インターネットを利用してツイートと呼ばれるメッセージ等を投稿することができる情報サービス)において,氏名不詳者により,原告の著作物である別紙原告イラスト目録記載の各イラストに別のイラストを重ね合わせるなどの加工を施して作成された別紙投稿画像目録記載の各画像を含む別紙投稿記事目録1及び別紙投稿記事目録2記載の各ツイートが無断で投稿されたことにより,上記各イラストに係る原告の著作権(複製権及び自動公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権)が侵害され,原告の名誉が毀損され,かつ,原告の営業権が侵害されたことが明らかであると主張して,ツイッターを運営する被告に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき,別紙発信者情報目録記載の情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。なお,別紙発信者情報目録記載3(1)の情報の開示請求と同記載3(2)の情報の開示請求は,選択的である(以下,令和2年総務省令第82号による改正後の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令を単に「省令」といい(ただし,改正後の省令であることを明確にするために「改正後の省令」と記載することがある。),同改正前の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令を「改正前省令」という。)。』
(2頁以下)

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■判決内容

<争点>

1 本件各投稿により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか

1.本件ツイート1−1、1−2の投稿による権利侵害の明白性

(1)トレースの有無

まず、他のイラストをトレースして本件原告イラストを作成しているかどうかについて、裁判所はトレースによる作成の事実を認定していません(38頁以下)。

(2)名誉棄損

また、本件ツイートの「トレス常習犯ですわ。B」といった一連の記載から、原告が常習的にトレースによってイラストを作成しているという事項を明示的に主張するものと理解されると判断。結論として、原告のイラストレーターとしての社会的評価が低下していると裁判所は判断しています。

(3)違法性阻却事由

そのうえで、違法性阻却事由について、裁判所はその存在をうかがわせるような事情は存在しないと判断しています。

結論として、本件投稿者1が本件ツイート1−1及び1−2を投稿することによって、原告の名誉が毀損されたことは明らかであると認定されています。

2.本件ツイート2−1の投稿による権利侵害の明白性

(1)複製及び自動公衆送信(送信可能化)の有無

本件投稿者2は、本件原告イラスト3及び4と同一の画像である本件投稿画像2−1−1及び2−1−2を含む本件ツイート2−1をツイッターに投稿して、上記各投稿画像のデータを被告のサーバーに記録していました。
本件投稿者2は、本件原告イラスト3及び4を複製及び自動公衆送信(送信可能化)したと裁判所は認定しています。

(2)引用の成否

被告は、引用(32条1項)の成立を主張しました(50頁以下)。
この点について、裁判所は、トレースを疑わせる根拠となり得る「画力の差」を示す目的を達成するために必要な範囲での画像の添付だったかを検討。
結論として、添付する必然性がないとして、本件投稿者2が本件ツイート2−1を投稿するに際して、本件投稿画像2−1−2を添付して引用することは、「引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの」には該当しないと認めるのが相当であると判断。引用の成立を否定しています。

結論として、本件投稿者2が本件ツイート2−1を投稿することによって、侵害情報の流通により本件原告イラスト4に係る原告の複製権及び自動公衆送信権(送信可能化権)が侵害されたことが明らかであると認定しています。

3.本件ツイート2−2の投稿による権利侵害の明白性

本件投稿者2が本件ツイート2−2を投稿することによって、本件ツイート2−2を表示するタイムライン上に同ツイートに添付された本件原告イラスト5の下部がトリミングされ、同イラストのうち、下2枚の女性の横顔のイラストの目から下の部分が切り取られた画像が表示されるに至っている点について、裁判所は改変(20条1項)に当たると判断(51頁以下)。
本件投稿者2が本件ツイート2−2を投稿することによって、侵害情報の流通によって本件原告イラスト5に係る原告の同一性保持権が侵害されたことが明らかであると裁判所は認定しています。

権利侵害の明白性の争点のまとめとして、裁判所は本件投稿者1及び2による本件各投稿により、「侵害情報の流通によって」、原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)と判断しています。

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2 本件発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか

結論として、本件各アカウントにログインした際のIPアドレス及び当該IPアドレスに係るタイムスタンプ(一定の範囲のもの)や電話番号、電子メールアドレスが発信者情報に該当すると裁判所は判断しています(52頁以下)。

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3 原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか

原告は、本件投稿者1及び2に対して、不法行為に基づく損害賠償等を請求する予定であること、そのためには被告が保有する発信者情報の開示を受ける必要があると裁判所は認定。
原告には発信者情報について「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責任制限法4条1項2号)と判断しています(59頁以下)。

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■コメント

イラストレーター、ナレーターとして活動している原告がトレース疑惑を掛けられたことからツイート投稿者の発信者情報開示請求を行った事案です。
裁判所は引用の成否について細かい検討をしており、事例判断として参考になります。
模倣やトレース疑惑について、安直に掲載、表明するのは名誉棄損、信用棄損的言辞に繋がるので慎重な対応が必要です。