最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

百貨店バレンタインイベント企画業務委託契約事件

東京地裁令和3.6.11平成31(ワ)10623損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 佐藤達文
裁判官    吉野俊太郎
裁判官    吉田誉太郎

*裁判所サイト公表 2021.6.28
*キーワード:業務委託契約、再委託、期待権、継続的取引

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■事案

下請け業者がクライアントに直接著作権を主張した事案

原告:イベント企画制作会社
被告:グラフィックデザイナー

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 民法709条、704条

1 本件通知の違法性及び損害の有無 
2 被告による不当利得の有無

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■事案の概要

『原告は,各種イベントの企画等を目的とする株式会社であり,被告は,個人のグラフィック・デザイナーである。株式会社松屋(以下「松屋」という。)は,原告に対し,平成31年1月30日から開催されるバレンタイン・イベント(以下「本件イベント」という。)の企画に係る業務を委託し,原告は,被告に対し,同業務に係るデザイン制作などの業務を再委託した(以下「本件業務委託契約」という。)が,同イベントの開始前に同契約を打ち切った。これに対し,被告は,松屋及び原告に対し,本件イベントに係る制作物の著作権を主張し,その対価の支払を求める通知(以下「本件通知」という。)をしたところ,松屋は,同月28日,被告との間で同制作物の対価を支払う旨の合意をする一方,原告に対しては今後の取引を中止する旨を告げた。 』

『かかる事実関係の下,本件は,原告が,被告に対し,(1)本件通知によって,原告と松屋との継続的な契約関係が解消されたことにより,平成31年度以降も松屋と継続的に取引することに対する期待という法律上保護されるべき利益が侵害されたとして,不法行為に基づき,逸失利益及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(2)予備的に,被告は,少なくとも共同著作者の一人にすぎないのに,その使用料全額を受領しており,不当利得が生じているとして,原告の寄与に相当する金額及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで前記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。』
(1頁以下)

<経緯>

H30.07 原告が百貨店から業務受託
H30.09 原告が被告にデザイン業務再委託(本件業務委託契約)
H30.11 被告がカタログ案などを制作、原告に提出
H30.12 原告が被告に契約解除申し出
H31.01 被告が原告、百貨店に通知書送付(本件通知書)
H31.01 百貨店が販促物を撤去
H31.01 被告と百貨店が使用許諾料378万円で合意
H31.01 百貨店が原告へ取引中止告知

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■判決内容

<争点>

1 本件通知の違法性及び損害の有無 

(1)期待権の保護

原告は、原告と百貨店の間では平成31年3月以降も契約を契約することが見込まれており、原告には百貨店との取引が継続して行われると期待し得る事情が存在したので、「法律上保護される利益」(民法709条)を有していたと主張しました(15頁以下)。
この点について、裁判所は、原告との取引は包括的な業務委託契約に基づくものではなく、1年ごとに更新され、百貨店が原告に対して個別の案件に係る業務を委託するという形で継続してきたにすぎず、契約上の権利や債権を有していたものではないと判断。また、侵害行為もないと判断されています。

(2)因果関係

原告は、本件通知により百貨店は原告との取引を中止したものであり、本件通知と原告の逸失利益との間には相当因果関係があると主張しました。
この点について、裁判所は、百貨店が原告との平成31年3月以降の取引を中止したのは、百貨店が原告に対する業務委託者としての立場から原告の著作権管理に問題があり、また、本件通知後の原告の対応等を通じて原告との信頼関係が失われたと判断したからであるとして、本件通知と原告の逸失利益との間に相当因果関係があるということはできないと判断しています(17頁以下)。

(3)自力救済

原告は、被告が百貨店から378万円の支払を受けたことが違法な自力救済に当たると主張しました。
この点について、裁判所は、被告は本件制作物の使用を予定していた百貨店に対して、これに対する著作権を主張する旨の本件通知書を送付し、双方の弁護士代理人の間でその使用許諾の対価を378万円とする旨の合意書を交わすという法律上許容される交渉を行い、あるいは紛争解決手段を利用したにすぎないとして、このような行為が自力救済に当たるということはできないと判断しています(18頁)。

結論として、本件通知は不法行為を構成するものではないと判断されています。

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2 被告による不当利得の有無

原告は、被告が百貨店から著作物の対価として支払を受けた378万円はその全額(又は共同著作権の持分割合2分の1)について、本来の著作権者(又は共同著作権者)である原告の損失に対応する不当利得であると主張しました(18頁以下)。
この点について、裁判所は、仮に原告が本件制作物の著作権を有するとしても、原告は百貨店から本件イベントに係る業務を受託するに当たり、本件制作物の使用に対する部分を含めその対価を合意していたと考えられ、実際、百貨店からその関連会社を介して「バレンタインプローモーション」の報酬の支払を受けていたことから、原告において対価分(又はその2分の1)の損失が生じていると認めるには足りず、これと被告の利得との間に相当因果関係があるということもできないと判断しています。

結論として、被告が百貨店から受領した対価の全部(又は2分の1)が原告の損失に対応する不当利得に当たるとして、その返還を求める原告の請求は理由がないと判断されています。

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■コメント

再委託先の下請け業者が直接、クライアントと交渉をしてしまうという、発注先と下請業者の間に入っている広告代理店や企画制作会社が一番恐れる場面の事例です。
受託社側としては、継続的な取引関係を切られてしまうということで、クライアントとの交渉の過程で公取の話をちらつかせる、というのもあるかもしれませんが、かれこれ含めて心証を悪くする、信頼関係がなくなってしまうのも、現実問題としては仕方がないかと思うところでもあります。

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