最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

タコ滑り台遊具事件

東京地裁令和3.4.28令和1(ワ)21993著作権侵害訴訟事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 國分隆文
裁判官    矢野紀夫
裁判官    佐々木亮

*裁判所サイト公表 2021.6.4
*キーワード:美術の著作物、応用美術論、美術工芸品、建築の著作物

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■事案

タコの形状の滑り台遊具の著作物性が争点となった事案

原告:公園施設設計施工会社
被告:公園施設設計施工会社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、2条2項、10条1項4号、5号

1 本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか
2 本件原告滑り台が建築の著作物に該当するか
3 不当利得返還請求権の存否

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■事案の概要

『本件は,原告が,被告に対し,原告が製作したタコの形状を模した別紙1原告滑り台目録記載の滑り台が美術の著作物又は建築の著作物に該当し,被告がタコの形状を模した公園の遊具である滑り台2基を製作した行為が,いずれも,原告が有する同目録記載の滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害すると主張して,主位的に,著作権侵害の不法行為に基づき,著作権法114条2項により推定される損害額として1基当たり216万円の損害の賠償及びこれらに対する不法行為の日である各滑り台の製作が完成した平成27年2月12日及び平成24年4月17日から各支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,予備的に,不当利得に基づき,上記損害の額の合計額に相当する432万円の利得金の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年9月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。』
(1頁以下)

<経緯>

S46 前田商事がタコ滑り台を制作
H22 被告代表Aが原告を退社、被告会社を設立
H23 原告が被告に対して営業秘密不正競争訴訟提起
H24 被告が東京都足立区上沼田東公園に設置
H27 被告が東京都東久留米市南町1丁目公園に設置

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■判決内容

<争点>

1 本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか

原告のタコの形状の滑り台の美術の著作物性について、裁判所は、

「本件原告滑り台は,利用者が滑り台として遊ぶなど,公園に設置され,遊具として用いられることを前提に製作されたものであると認められる。したがって,本件原告滑り台は,一般的な芸術作品等と同様の展示等を目的とするものではなく,遊具としての実用に供されることを目的とするものであるというべきである。」

としたうえで、応用美術論に関して、タイプフェイス(ゴナ書体)事件最高裁判決(最判平成12.9.7平成10(受)332)に言及しながら、
「応用美術のうち,「美術工芸品」以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,「美術」「の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)である「美術の著作物」(10条1項4号)として,保護され得ると解するのが相当である。」と説示。
そして、本件原告滑り台の美術の著作物性の肯否を検討しています。

まず、「本件原告滑り台は,自治体の発注に基づき,遊具として製作されたものであり,主として,遊具として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって,「絵画,版画,彫刻」のように主として鑑賞を目的とするものであるとまでは認められない。」として、「美術工芸品」(2条2項)に該当しないと裁判所は判断。

また、「本件原告滑り台は,その構成部分についてみても,全体の形状からみても,実用目的を達するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められないから,「美術の著作物」として保護される応用美術とは認められない。」

として、結論として本件原告滑り台は美術の著作物に該当しないと判断しています(27頁以下)。

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2 本件原告滑り台が建築の著作物に該当するか

さらに、原告は、本件原告滑り台が建築の著作物に該当するかも争点としました。
この点について、裁判所は、

『「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性については,「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)か否か,すなわち,同法で保護され得る建築美術であるか否かを検討する必要がある。具体的には,「建築の著作物」が,実用に供されることが予定されている創作物であり,その中には美的な要素を有するものも存在するという点で,応用美術に類するといえることから,その著作物性の判断は,前記(1)アで説示した応用美術に係る基準と同様の基準によるのが相当である。』

としたうえで、本件原告滑り台が建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるかどうかを検討。

「本件原告滑り台の形状は,頭部,足部,空洞部などの各構成部分についてみても,全体についてみても,遊具として利用される建築物の機能と密接に結びついたものである。また,本件原告滑り台は,別紙1原告滑り台目録記載のとおり,上記各構成部分を組み合わせることで,全体として赤く塗色されていることも相まって,見る者をしてタコを連想させる外観を有するものであるが,こうした外観もまた,子どもたちなどの利用者に興味・関心や親しみやすさを与えるという遊具としての建築物の機能と結びついたものといえ,建築物である遊具のデザインとしての域を出るものではないというべきである。」

として、本件原告滑り台について、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるとは認められないと判断しています(34頁以下)。

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3 不当利得返還請求権の存否

原告の不当利得返還請求の点について、裁判所は、本件原告滑り台には著作物性が認められず、その結果、原告がその著作権を保有しているとも認められないとして、被告が本件各被告滑り台を製作するなどしたことについて、原告に受注額に相当する額の損失が発生したとも、被告が利得を受けたことにつき法律上の原因がないとも認められないと判断。原告の主張を認めていません(36頁)。

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■コメント

タコ滑り台遊具の著作物性が争点となった判例が出たとネット記事で読んだので、いつ、判決文が公開されるかと、タコのように、足を長く?して待っていました。

「タコの滑り台は芸術品? 類似遊具を訴えた裁判で判決」
(朝日新聞デジタル村上友里2021年4月28日 21時35分)
https://www.asahi.com/articles/ASP4X6V2BP4XUTIL06J.html

この記事によれば、原告会社はいままで全国で約200台を設置しているようです。

駒沢公園にも?たしか、あったかと思いますが、つい数日前には品川区役所へ行った際に、東急大井町線下神明駅そばの児童公園に大小2つのタコ滑り台遊具があったので、頑張ってスマホで撮影してみました(幼児が遊んでいるし、近くに児童誘導員のおじさんもいて、なかなかに不審者の風情で、「タコ著作権事件があったから、撮らせて」なんて、おかあさんたちに説明することもできず、冷や汗ものでした・・・)。

タコ公園画像下神明駅


なお、原被告滑り台の画像は、判決文末尾の別紙にあります。下神明駅そばのタコは、原告のものとも、被告のものとも違うようですが、ほかの業者による制作なのか、原告のバージョンなのか、はっきりしません。

ちなみに、「品川区立神明児童遊園」で検索すると、下神明駅そばのタコは、原告にもゆかりがあるとの解説がウィキペディアにあります。

原告サイト「「タコの山のすべり台」」

全国の滑り台の調査、タコ滑り台遊具の分析に詳しいサイトとして、以下参照。
「滑り台記録」D-one
http://doneslide.fc2web.com/index.html
タコの山(石の山)index
http://doneslide.fc2web.com/tako/takoindex.htm

子供の頃から慣れ親しんだタコの滑り台ですが、原告会社の全身である会社が昭和40年代からタコ滑り台遊具を製造しており、最初は彫刻家が発注者である自治体の担当者から提案を受けながら制作したようです。
被告会社代表者Aが原告会社の元従業員で、タコの滑り台の図面のCADデータや工事発注情報を巡る営業秘密管理などがこの著作権紛争のきっかけだったようです。

滑り台のような設置物の著作物性が争点となった事案としては、体験型展示物であるイベント用装置の著作物性が争点となったスペースチューブ事件(東京地裁平成23.8.19平成22(ワ)5114損害賠償等請求反訴事件、知財高裁平成24.2.22平成23(ネ)10053損害賠償等請求反訴控訴、同附帯控訴事件)を思い出しますが、スペースチューブ事件では原審では装置の著作物性が肯定され、控訴審で否定されるという経緯もあることから、応用美術論はなかなかに微妙な問題ではあるかと思いました。
個人的には、公園にはシュールな遊具もあって、1つ1つを捉えると美術性を感じさせるものもあるにはありますが、その使われ方や設置場所、配置からすると、実用本位なのかな、と思うところではあります。