最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

沖国大ヘリ墜落事故映像無断使用事件

東京地裁平成30.2.21平成28(ワ)37339著作権侵害差止等請求本訴事件、損害賠償請求事件PDF
別紙1
別紙2

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官    天野研司
裁判官    西山芳樹

*裁判所サイト公表 2018.2.28
*キーワード:引用、権利濫用

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■事案

沖縄国際大学に米軍ヘリコプターが墜落した事故に関する映像を無断で映画に使用した事案

原告:テレビ放送会社
被告:映像制作会社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法32条、48条1項、114条3項、民法1条3項

1 差止め及び削除を求める請求は特定されているか
2 本件部分は「まだ公表されていないもの」〔著作権法18条〕に当たるか
3 本件映画に原告の名称を表示していないことは「その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従って」〔著作権法19条2項〕されたものといえるか
4 著作権の行使に対する引用〔著作権法32条1項〕の抗弁は成立するか
5 原告による著作権及び著作者人格権の行使は権利の濫用に当たり許されないか
6 原告が受けた損害の額
7 差止め、本件各映像の削除及び謝罪広告の掲載の各必要性が認められるか
8 原告が被告からの本件各映像の利用許諾申請を拒絶した上で本訴事件を提起した一連の行為は被告に対する不法行為を構成するか
9 原告が被告との交渉内容を秘匿したまま本件事件を提起した事実を自社の放送波で放送すると共に自社のウェブサイトに掲載しマスコミ各社に同内容のリリースを配布した行為は被告に対する不法行為を構成するか

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■事案の概要

『(1)本訴事件
本訴事件は,別紙1著作物目録記載1ないし4の各映像(以下,番号に対応して「本件映像1」などといい,併せて「本件各映像」という。)の著作者及び著作権者である原告が,被告が原告の許諾なく本件各映像を使用して製作した別紙3映画目録記載の映画(以下「本件映画」という。)につき,(1)被告が本件映画を上映する行為は本件各映像につき原告が有する上映権(著作権法22条)を侵害する,(2)被告が本件映画を記録したDVDを販売する行為は本件各映像につき原告が有する頒布権(著作権法26条1項)を侵害する,(3)被告が本件映画の上映に際して原告の名称を表示しなかったことは本件各映像につき原告が有する氏名表示権(著作権法19条1項)を侵害する,(4)本件映像2のうち別紙2−2「著作物目録の著作物2」の(11)ないし(16)の部分(約8秒。同別紙に「未公表部分」との記載のあるもの)及び本件映像4(原告第2準備書面5頁に「原告著作物3」とあるのは,同準備書面別紙の記載に照らし,「原告著作物4」の誤記と認められる。)のうち別紙2−4「著作物目録の著作物4」の(1)ないし(4)の部分(約5秒。同別紙に「未公表部分」との記載のあるもの。以下,上記2つの部分を併せて「本件部分」という。)は,公表されていない著作物であったから,被告が本件部分の映像を使用した本件映画を上映したことは,本件部分につき原告が有する公表権(著作権法18条1項)を侵害するなどと主張して,被告に対し,(1)著作権法112条1項に基づき(本件各映像が映画の著作物であることを前提に,著作権〔上映権,公衆送信権及び頒布権(著作権法22条の2,23条及び26条)〕又は著作者人格権〔氏名表示権(同法19条)〕の侵害又はそのおそれを主張する趣旨と解される。),本件各映像を含む本件映画の上映,公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の差止めを求め,(2)同条2項に基づき,本件映画を記録した媒体及び本件各映像を記録した媒体からの本件各映像の削除を求め,(3)著作権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金111万0160円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年6月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(4)著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金300万円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年6月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(5)著作権法115条に基づき,別紙4謝罪広告要領記載の要領により別紙5謝罪広告内容記載の謝罪広告を掲載するよう求めた事案である。』

『(2)反訴事件
反訴事件は,被告が,(1)本件映画での本件各映像の使用につき,原告が,被告による二度の許諾申請を拒絶した上で本訴事件を提起した一連の行為は,共同の取引拒絶又は単独の取引拒絶として独占禁止法に違反し,被告に対する不法行為を構成するとして,原告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金1392万円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年4月5日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(2)原告が,本件各映像に係る被告との交渉内容を秘匿したまま,本訴事件を提起した旨を自社の放送波を通じて放送し,ウェブサイトに同内容を掲載し,マスコミにリリースした行為は,被告に対する不法行為を構成するとして,原告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金558万円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年4月5日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』
(40頁以下)

<経緯>

H16.08 沖国大ヘリ墜落事故、本件各映像撮影。報道番組で放映
H27.02 被告代表Aが原告に映像使用許諾申請書送付、原告不許諾
H27.06 本件映画「沖縄 うりずんの雨」製作、上映
H27.12 原告が謝罪と使用料金49万5000円を要求
H28.04 原告が那覇地裁に提訴
H28.10 東京地裁に移送

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■判決内容

<争点>

1 差止め及び削除を求める請求は特定されているか

被告は、本訴請求のうち本件映画の公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布の差止めを求める部分について、抽象的差止めを求めるものであるとして不適法と主張しました。
この点について、裁判所は、原告は本件映画という具体的な著作物の公衆送信行為及び送信可能化行為並びにその複製物の頒布行為の差止めを求めているとして、請求の特定に欠けるところはないと判断。被告の主張を認めていません(60頁)。

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2 本件部分は「まだ公表されていないもの」〔著作権法18条〕に当たるか

原告は、本件部分が未公表であり、被告が本件部分を原告に無断で公表したことは公表権の侵害に当たると主張しましたが、裁判所は主張立証が尽くされていないとして原告の主張を認めていません(60頁以下)。

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3 本件映画に原告の名称を表示していないことは「その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従って」〔著作権法19条2項〕されたものといえるか

被告は、本件各映像を本件映画に使用するに際して原告の名称を表示しないことは、「すでに著作者が表示しているところ」に従ってしたものであり、著作権法19条2項により許容されると主張しましたが、裁判所は、被告の主張を認めていません(61頁)。

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4 著作権の行使に対する引用〔著作権法32条1項〕の抗弁は成立するか

本件映画には本件使用部分においてもエンドクレジットにおいても本件各映像の著作権者である原告の名称は表示されていませんでした。
この点について、裁判所は、本件映画のようなドキュメンタリー映画の資料映像として報道用映像を使用するに際し、当該使用部分においても映画のエンドクレジットにおいても著作権者の名称を表示しないことが、「公正な慣行」(32条1項)に合致することを認めるに足りる社会的事実関係を被告は何ら具体的に主張、立証していないと判断。
結論として、著作権の行使に対する引用の抗弁を認めていません(61頁以下)。

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5 原告による著作権及び著作者人格権の行使は権利の濫用に当たり許されないか

被告は、本件映画と本件各映像との関係及び本件訴訟における原告の訴訟追行態度等に照らせば、原告が本件各映像の著作権及び著作者人格権を行使することは、権利の濫用として許されないと主張しました。
この点について、裁判所は、被告の主張を認めていません(64頁)。

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6 原告が受けた損害の額

裁判所は、故意又は過失による上映権及び氏名表示権の侵害が成立するとした上で、損害論としては、以下の通りの認定となっています(64頁以下)。

・映像使用料相当額損害 11万0160円
・弁護士費用相当額損額 20万円
・氏名表示権侵害関連損害20万円

合計51万0160円

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7 差止め、本件各映像の削除及び謝罪広告の掲載の各必要性が認められるか

被告による本件映画の上映及びその複製物の頒布等の差止めと本件映画などからの本件各映像の削除が認められています(65頁以下)。

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8 原告が被告からの本件各映像の利用許諾申請を拒絶した上で本訴事件を提起した一連の行為は被告に対する不法行為を構成するか

原告による一連の行為が、独占禁止法2条9項1号イ(共同の取引拒絶)又は同項6号イ、一般指定2項(単独の取引拒絶)に定める不公正な取引方法に当たり、被告の使用及び表現の自由並びに本件映画の上映権及び頒布権を侵害する不法行為になると主張しましたが、裁判所は認めていません(67頁以下)。

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9 原告が被告との交渉内容を秘匿したまま本件事件を提起した事実を自社の放送波で放送すると共に自社のウェブサイトに掲載しマスコミ各社に同内容のリリースを配布した行為は被告に対する不法行為を構成するか

被告は、原告が自己の優越的な地位を濫用して本件各映像の使用許諾につき著しく差別的かつ不当な条件を提示し、最終的には取引を拒絶したとの事実を秘したまま被告に対して本訴を提起した事実を「ニュース」として自社の放送波で放送し、自社のウェブサイトに掲載するとともに、マスコミ各社に同内容のリリースを配布したことが映画製作者としての被告の名誉・信用を毀損する不法行為に当たると主張しましたが、裁判所は認めていません(68頁以下)。

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■コメント

総再生時間が2時間を超える本件映画において、本件各映像を使用する部分(本件使用部分)が合計34秒というものでしたが、ドキュメンタリー映画の製作にあたって、どうしてもテレビ局の報道映像を使用したいという場合に、映像素材が手元にあるとすれば、あとは引用の要件を具備すれば無許諾使用ができる訳ですが、エンドクレジットも含め、映画に出展表示がないという点では、世間的にも理解を得るのが難しい事案です。

なお、出所明示義務(48条1項1号)は引用の要件ではなく、明示しなくても正当引用性が否定されて著作権侵害となるのものではない(加戸守行「著作権法逐条講義」五訂新版317頁)ものの、32条の「公正な慣行」に引き寄せて適法引用を否定する判例もあり(東京高判平成14.4.11平成13(ネ)3677絶対音感事件控訴審)判決文PDF)、

「出所を明示しないで引用することは,それ自体では,著作権(複製権)侵害を構成するものではない。この限りでは,控訴人らの主張は正当である。しかし,そのことは,出所を明示することが公正な慣行と認められるに至ったとき,公正な慣行に反する,という媒介項を通じて,著作権(複製権)侵害を構成することを否定すべき根拠になるものではない。出所を明示しないという同じ行為であっても,単に法がそれを義務付けているにすぎない段階と,社会において,現に公正な慣行と認められるに至っている段階とで,法的評価を異にすることになっても,何ら差し支えないはずである。そして,出所を明示する慣行が現に存在するに至っているとき,出所明示を励行させようとして設けられた著作権法48条1項の存在のゆえに,これを公正な慣行とすることが妨げられるとすれば,それは一種の背理というべきである。」(控訴審PDF11頁)

本判決もこの控訴審の判断に続くものといえます。