最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「高円寺ラブサイン」CD製作事件

東京地裁平成29.5.24平成28(ワ)9780著作権確認等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官    天野研司
裁判官    鈴木千帆

*裁判所サイト公表 2017.6.7
*キーワード:楽曲制作契約、原盤制作契約、著作権譲渡契約

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■事案

音楽CD製作にあたって、発注者側の契約内容の認識が問題となった事案

原告:カラオケクラブ経営者A
被告:レコード製作会社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法61条

1 被告は原告との間で本件CD制作契約を締結するに際して本件著作権を原告に取得させる旨を約したか
2 被告が原告に本件著作権を取得できると誤信させた上で本件CD制作契約を締結したことが原告に対する不法行為に当たるか
3 被告が著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが原告に対する不法行為に当たるか
4 被告がJASRACに本件作品届を提出しこの事実を原告に秘していたことが原告に対する不法行為に当たるか

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■事案の概要

『1 本件は,別紙作品目録記載1(1)ないし2(2)の各作品(作品名及び作詞者により特定される歌詞並びに作品名及び作曲者により特定される曲。以下,個別には同目録の番号に応じて「本件作品1(1)」などといい,本件作品1(1)及び同(2)を併せて「本件作品1」,本件作品2(1)及び同(2)を併せて「本件作品2」という。また,本件作品1及び同2を併せて「本件各作品」という。)について,本件各作品の実演を収録したCDの制作を被告に依頼した原告が,原被告間には,被告が原告に対して本件各作品の著作権(著作権法上の著作者としての複製権,演奏権,公衆送信権等,譲渡権,貸与権,編曲権及び二次的著作物の利用に関する原著作者の権利。以下,これらを併せて「本件著作権」という。)を帰属させる旨の合意が成立していたと主張して,被告に対し,次の請求をする事案である。
(1) 主位的請求として,原告が本件著作権を有することの確認を求めた。
(2) 予備的請求1として,被告の責めに帰すべき事由により,本件著作権を原告に帰属させる債務が履行不能になったと主張して,債務不履行による損害賠償金580万9650円及びこれに対する請求後の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(3) 予備的請求2として,(1)被告が,本件著作権を取得することができると原告に誤信させてCDの制作に関する契約を締結したことが詐欺の不法行為に当たる,(2)被告が,原告に対して,著作権信託契約の仕組みを説明することなく,一般社団法人日本音楽著作権協会(以下「JASRAC」という。)への申請費用を支払わせたことは,信義則上の説明義務に違反する不法行為に当たる,(3)被告が,本件各作品についてJASRACに作品届を提出し,この事実を原告に秘していたことは,原告に対する不法行為に当たる,と主張して,不法行為による損害賠償金580万9650円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年4月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。』
(2頁以下)

<経緯>

H20   原告がカラオケクラブ開店
H24.04 原告が被告に157万9500円支払
H24.05 原告が被告に「6/20A&F新曲発表会記念島ゆたかSHOW」代金21万円支払
H24.06 本件CD1000枚販売
H24.07 原告が被告に「UGA・JOY通信カラオケ入曲2曲」代金31万5000円支払
H24.09 被告と作曲家Bが著作権譲渡契約、被告が音楽出版者としてJASRACに管理委託
H24.10 原告が被告に「CD再版制作(A&F)JASRAC申請含む3000枚」等代金117万7000円支払
H24.10 本件CD3000枚販売

【本件CD】
題名   高円寺ラブサイン/幸せもう一度
実演家  A&F
レーベル 被告
価格  1143円税別
リリース 2012/6/20

1. 高円寺ラブサイン 歌唱A&F/作詞B/作曲B/編曲C
2. 幸せもう一度  歌唱F
3. 高円寺ラブサイン(カラオケ)
4. 幸せもう一度(カラオケ)

「高円寺ラブサイン」「幸せもう一度」:JASRAC全信託

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■判決内容

<争点>

1 被告は原告との間で本件CD制作契約を締結するに際して本件著作権を原告に取得させる旨を約したか

原告と被告との間には本件CD制作契約が成立し、同契約には被告がその責任において本件著作権を原告に取得させる義務を負う旨の約定が含まれていたなどと主張しました(14頁以下)。
この点について、裁判所は、メモや見積書などの記載等から原告の主張を認めていません。

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2 被告が原告に本件著作権を取得できると誤信させた上で本件CD制作契約を締結したことが原告に対する不法行為に当たるか

原告は、被告が原告が本件著作権を取得することができないことを知りながら「全部,100パーセント,ママのものです。」などと発言して本件著作権を取得できる旨述べて、原告をその旨誤信させた上で原告からCD制作等の対価名目で合計328万1500円を支払わせたことが、原告に対する詐欺の不法行為を構成するなどと主張しました(15頁以下)。
この点について、裁判所は、Eが原告に対して「全部,100パーセント,ママのものです。」と述べたとの事実が認められないこと、本件見積書には本件CDに収録される作品の著作権を原告が取得することを示すような記載がないことから、Eの言動は客観的にみて原告をして本件著作権を取得できる旨誤信させるような行為とは認め難いと判断。
これを違法性ある欺罔行為ということは困難であるとして、詐欺に関する不法行為について原告の主張を認めていません。

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3 被告が著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが原告に対する不法行為に当たるか

原告は、被告が本件CD制作契約を締結するに際して原告に対して著作権信託契約の仕組みを説明しなかったことが原告に対する不法行為を構成すると主張しました(15頁以下)。
この点について、裁判所は、本件見積書の記載など諸事情を勘案した上で、原告の主張を認めていません。
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4 被告がJASRACに本件作品届を提出しこの事実を原告に秘していたことが原告に対する不法行為に当たるか

原告は、被告がJASRACに本件作品届を提出し、この事実を平成26年9月まで原告に秘していたことが原告に対する不法行為を構成する旨主張しました(16頁)。
しかし、裁判所は、そもそも被告が本件作品届を提出していたことを殊更原告に秘していたものとは認め難い。また、仮にそのような事実が認められるとしても本件作品届を提出したことやこれを秘していたことによって原告のいかなる権利又は法律上の利益が侵害されたというのか判然としないというほかないとして、原告のこの点に関する不法行為成立の主張を認めていません。

結論として、原告の主張をすべて認めていません。

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■コメント

CD製作を音楽愛好家に持ちかけた際に、音楽ビジネスにおける一般的な権利処理について発注者側と受注者側とでお互いに認識を深めていなかったことが紛争の根本になります。
JASRACに信託管理させる場合、音楽著作権がJASRACに帰属するとか、原盤権がどこに帰属するかといった、プロの音楽家・実演家でも権利処理についての正確な理解があるとは必ずしもいえないなか、仲介業者やレコード製作会社側とクリエーター側の情報格差は、そう簡単には埋められないところではないかと思われます。

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■参考サイト

本件CD販売サイト
高円寺ラブサイン/幸せもう一度/ラッツパック・レコード

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