最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

JAXAスペースプレーンイラスト事件

東京地裁平成27.12.25平成27(ワ)6058著作権侵害差止等請求事件PDF
別紙1

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官      笹本哲朗
裁判官      天野研司

*裁判所サイト公表 2016.1.7
*キーワード:イラスト、著作物性、二次的著作物性、契約

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■事案

宇宙輸送システム「スペースプレーン」イラストの著作物性が争点となった事案

原告:イラストレーター
被告:JAXA、出版社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、2条1項11号、11条

1 本件イラストは創作性を有する著作物であるか
2 本件イラストに二次的著作物性があるか

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■事案の概要

『本件は,別紙イラスト目録記載のイラスト(以下「本件イラスト」という。)の著作権を有すると主張する原告が,(1)被告国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下「被告JAXA」という。)が本件イラストのサイズを変更して展示用パネルを制作し,展示した行為,(2)被告JAXAが本件イラストを被告JAXAのウェブサイトに掲載した行為,(3)被告JAXAが本件イラストを複写したポジフィルムを被告株式会社小学館(以下「被告小学館」という。)に交付し,被告小学館が,同ポジフィルムを用いて本件イラストの掲載された別紙書籍目録記載1の書籍(以下「本件書籍1」という。)及び同目録記載2の書籍(以下「被告書籍2」といい,被告書籍1と被告書籍2を併せて「被告各書籍」という。)を制作,出版及び頒布した行為が,それぞれ,原告の著作権(上記(1)及び(3)の各行為について複製権,譲渡権又は翻案権,上記(2)の行為について公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して(なお,原告は,上記(3)の行為は,被告らの共同不法行為に当たると主張している。),(1)著作権法112条1項に基づき,被告らに対して本件イラストの複製又は翻案の差止めを求め(上記第1の1),被告JAXAに対して本件イラストのウェブサイトへのアップロードの差止めを求め(上記第1の3),被告小学館に対して被告書籍1及び被告書籍2の複製及び頒布の各差止めを求め(上記第1の4),(2)同条2項に基づき,被告JAXAに対して上記展示用パネル,本件イラストが描かれたポジフィルムその他の印刷用フィルム及び本件イラストの電子データが格納された記憶媒体の廃棄を求め(上記第1の2),被告小学館に対して被告書籍1,被告書籍2,本件イラストが描かれたポジフィルムその他の印刷用フィルム及び本件イラストの電子データが格納された記憶媒体の廃棄を求め(上記第1の5),(3)著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告らに対して連帯して損害賠償金301万9460円(著作権法114条3項による損害59万9550円,慰謝料200万円,弁護士費用41万9910円)及び遅延損害金(遅延損害金の起算日は,271万9685円について平成13年12月1日〔被告書籍1が発行された日〕,29万9775円について平成17年7月20日〔被告書籍2が発行された日〕である。)の支払を求め(上記第1の6),被告JAXAに対して損害賠償金159万9550円(著作権法114条3項による損害59万9550円,慰謝料100万円)及び遅延損害金(遅延損害金の起算日は,29万9775円について平成13年12月1日〔原告の主張上,被告JAXAが本件イラストをウェブサイトに掲載した日〕,129万9775円について平成15年10月30日〔原告の主張上,被告JAXAが上記パネルを制作した日〕である。)の支払を求め(上記第1の7),(4)著作権法115条に基づき,被告らに対して名誉回復措置として別紙広告の内容記載の広告を掲載するよう求めた(上記第1の8)事案である。』(2頁以下)

<経緯>

H02 NALがスペースプレーンシステム構成図作成
H11 本件イラストを制作
H11 本件イラストを掲載した広報用パンフレットを頒布
H13 本件パネルを展示
H13 本件イラストを掲載した被告書籍1を出版
H15 NAL等が統合してJAXA発足
H17 本件イラストを掲載した被告書籍2を出版

本件イラスト:航空宇宙技術研究所(NAL)が研究開発を行っていた有人宇宙輸送システムのコンセプトである「スペースプレーン」のシステム構成を描いたイラストレーション

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■判決内容

<争点>

1 本件イラストは創作性を有する著作物であるか

原告は、本件イラストは、NALシステム構成図と輪郭の大部分、消失点及びアイラインにおいて異なっているほか、本件イラストの完成に至る経緯からしても、NALシステム構成図に依拠し、これをトレースして制作されたものではないと主張しました。
この点について、裁判所は、創作性(著作権法2条1項1号)の意義について言及した上で、本件イラストの創作性について、本件イラストとNALシステム構成とを対比して検討しています(17頁以下)。

(1)共通点

(A)本件イラストを線画にしたものとNALシステム構成図とを縮尺を揃えての重ね合わせ
・機体全体の輪郭(本体部分,両翼部分,尾翼の形状及び位置関係)及び骨格においてほぼ一致する
・ドッキングポート、コックピット及び乗務員室(その内装部分を含む。)、燃料タンク、軌道制御エンジン、車輪並びに両翼及び尾翼に描かれた日の丸及び「NIPPON」との文字の各位置がほとんど一致している
(B)スペースプレーンの基本的な配色での一致

(2)相違点

・ターボエンジンが削除
・空気吸い込み式/ロケット複合エンジンが追加
・タンクが追加
・円筒型のタンクの形状が扁平状に変更 等

上記の点を踏まえ、裁判所は、制作の経緯からNALシステム構成図に依拠して制作されたことが明らかであることから、本件イラストのうち、NALシステム構成図と共通する上記部分に創作性は認められないと判断しています。

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2 本件イラストに二次的著作物性があるか

また、原告は、仮に、本件イラストがNALシステム構成図に依拠しているとしても、本件イラストにはNALシステム構成図にはない特徴が認められると主張しました。
既存の著作物に依拠した成果物であっても、新たに創作性のある表現が付与されたといえる場合には、二次的著作物として著作権法による保護を受ける可能性があることから(2条1項11号、11条)、両者の相違点をもって新たに創作性のある表現が付与されたといえるかについて、裁判所はさらに検討を加えています(19頁以下)。

各相違点について、

・エンジンの変更、ターボエンジン及び小型燃料タンクを削除すること、追加された酸化剤貯蔵タンクの形状を球状とすること、筒型のタンクの形状を扁平状にすること等は、NALから具体的指示があったものと合理的に推認できる。

・NALシステム構成図には描かれていた機体後部のスクラム/レース推進システムが、本件イラストには描かれていない点も技術的事項であって、NALからの具体的指示により省略されるに至った可能性も否定できず、また、単に機体後部のシステムを一部描かなかったことにより新たな創作的表現が付与されたものとは認め難い。

・配色における相違点についても、基本的配色が異なるものではなく、NALシステム構成図と本件イラストとの実質的同一性が失われるまでの相違点とは認め難い。

・そのほかの相違点について、本件イラスト全体との関係からみてもごく僅かな修正・変更であって、これらの点をもって創作的表現が付与されたものとは認め難い。

結論として、本件イラストはNALシステム構成図の複製物であると認められ、NALシステム構成図から別途独立した著作物であるとも、NALシステム構成図を原著作物とする二次的著作物であるとも認められていません。

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■コメント

「宇宙もののイラスト」制作の下請け(孫請け)で作成されたイラストの権利関係が争点となった事案です。
委託先、再委託先、再々委託先での権利処理(事後対応も含め)に不手際があって、クライアント(発注先)や出版社に迷惑を掛けてしまった結果となっています。
10年以上前の案件について、どうしたいきさつで提訴に至ったのか不明ですが、別紙1でNALシステム構成図と本件イラストを比較してみると、技術的な図面であり特にイラストレーターとしての独創性発揮が求められた案件でもなかった(イラストの権利帰属に拘る必要もない)のではないかという印象です。

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■参考サイト

宇宙情報センター/SPACE INFORMATION CENTER:スペースプレーン