最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

芸能プロダクション専属契約事件

東京地裁平成27.7.16平成25(ワ)32688損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川浩二
裁判官      清野正彦
裁判官      藤原典子

*裁判所サイト公表 2015.8.5
*キーワード:芸能プロダクション、専属契約、移籍金

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■事案

芸能プロダクションからタレントが独立する際の移籍金の支払いの要否や衣装の所有権の帰属などが争点となった事案

原告:芸能プロダクション
被告:芸能人、芸能プロダクション

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 民法415条

1 債務不履行の有無
2 本件衣装の所有権侵害の有無
3 本件譜面の所有権侵害の有無
4 本件衣装の著作権侵害に基づく差止請求の可否
5 本件譜面に係る音楽著作権に基づく差止請求の可否
6 被告X1に対する貸付けの有無
7 被告X1への立替金の有無
8 被告会社に対する貸付けの有無
9 被告会社への立替金の有無

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■事案の概要

『本件は,芸能プロダクションである原告が,(1)芸能人である被告X1と専属的所属契約を締結していたところ,被告X1が同契約を一方的に破棄して独立し,被告会社も被告X1と共同して上記独立を敢行したとして,被告らに対し,債務不履行に基づく損害賠償金(移籍金相当額)1億3554万8125円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払,(2)被告らが上記独立に当たり原告の所有する本件衣装及び本件譜面を無断で持ち出し原告の所有権を侵害したとして,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償金(各製作費相当額)合計5170万1928円及びこれに対する不法行為の後の日である平成24年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払,(3)原告は本件衣装の著作権者であり,上記無断持出し等の後も被告X1は芸能活動を継続しており被告らによる著作権侵害のおそれが生じているとして,被告らに対し,著作権に基づく侵害予防請求として,本件衣装の複製,展示,譲渡,貸与及び変形の差止め,(4)原告は本件譜面に係る音楽の著作権者であり,上記無断持出し等の後も被告X1は芸能活動を継続しており被告らによる著作権侵害のおそれが生じているとして,被告らに対し,著作権に基づく侵害予防請求として,本件譜面の複製,演奏,展示,譲渡,貸与及び編曲の差止め,(5)被告X1に金員を貸し付け,また,被告X1が支払うべき債務を立替払したとして,被告X1に対し,貸金返還請求として300万円及び立替金返還請求として324万5050円並びにこれらに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,(6)被告会社に金員を貸し付けたとして,被告会社に対し,貸金返還請求として1000万円及びこれに対する貸付けの日である平成14年2月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払,(7)被告会社が支払うべき債務を立替払したとして,被告会社に対し,立替金返還請求として776万2361円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
』(2頁以下)

<経緯>

S63.10 原告設立(代表者X2)
H24    出演者報酬未払い
H24.07 3者で本件覚書締結
H24.08 記者会見、ABプロ設立、衣装移動
H24.09 本件所属契約終了

・本件覚書の内容

(1)ABプロは原告及びX2の負債について責任を負わない
(2)X2はABプロの顧問としてABプロの利益となることを全面的に協力
(3)ABプロは原告及びX2に対し必要な調査を行うことができる
(4)ABプロ、原告及びX2は本件に関する情報を他者に漏らさない

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■判決内容

<争点>

1 債務不履行の有無

原告は、芸能人である被告X1が原告の了解なく一方的に独立したものであるとして、本件所属契約の債務不履行に当たる旨主張しました(25頁以下)。

この点について、裁判所は、
(1)新たに設立されるプロダクションの名称が原告の略称と酷似しており、本件事務所を引き続き使用するとされたこと
(2)原告が平成24年7月下旬以降全従業員を退職させ、本件事務所の賃料の支払をやめ、社用車の売却手続を行うなど、原告の廃業に向けた手続が対外的にも見える形で種々進んでいたこと
(3)被告X1は原告の唯一の所属タレントであり、原告の収入は専ら被告X1の出演料だったのであり、原告の財務状況が悪化し従業員給与や被告X1への報酬の未払、本件事務所の賃料支払の遅滞等も生じていた状況下で、被告X1がABプロに移籍してもなお原告を存続させるべき理由は見当たらないこと

といった点から、被告X1がABプロに移籍して原告を廃業することは本件覚書の当事者である原告はもとより、被告らも当然に了解していたと解されるとして、本件独立はこれに従ったものであるとして、原告は被告X1による本件独立に同意していたと判断。
本件所属契約の債務不履行の成立を否定しています。

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2 本件衣装の所有権侵害の有無

本件衣装の保管場所が旧倉庫から新倉庫に移転されており、原告はこれにより原告の所有権が侵害された旨主張しました(27頁以下)。
しかし、裁判所は、原告は本件衣装を旧倉庫から新倉庫へ移動させることを承諾してしており、また、従前被告X1の所属事務所として原告が行っていた本件衣装の管理が、新たな所属プロダクションであるABプロに引き継がれたとみることができると判断。
本件衣装の所有権侵害の成立を否定しています。

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3 本件譜面の所有権侵害の有無

本件譜面は現在も本件事務所に保管されているとして、被告らが本件譜面を持ち出したとは認めらず、本件譜面の所有権侵害の成立が否定されています(27頁以下)。

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4 本件衣装の著作権侵害に基づく差止請求の可否

原告は、本件衣装が美術の著作物に当たること及び原告がその著作権者であることを前提に、被告らに対し本件衣装の複製、展示、譲渡、貸与及び変形の差止めを求めました(28頁)。
この点について、裁判所は、
(1)本件衣装の無断持ち出しではないこと
(2)本件独立が原告の同意に基づくものであること
(3)被告X1が現在も歌手として芸能活動を継続していることは、被告X1が本件衣装を着用する可能性があることは格別、複製、譲渡、貸与又は翻案するおそれがあることを基礎づけるとみることはできないこと
(4)着用が美術の著作物の展示に当たるとみる余地があるとしても、原告はこれを許諾していたといえること

といった点から、本件衣装に著作物性が認められ、原告がその著作権者であるとしても、原告の本件衣装の著作権侵害に基づく差止請求は理由がないと判断しています。

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5 本件譜面に係る音楽著作権に基づく差止請求の可否

原告は、編曲物である別紙譜面目録記載の各音楽について著作権を有する旨主張しましたが、裁判所は、原曲と対比していかなる部分に編曲物としての創作性があるのかについて原告は何ら主張立証をしないとして、原告の本件譜面に係る音楽の著作権に基づく差止請求は理由がないと判断しています(29頁)。

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6 被告X1に対する貸付けの有無

原告は、平成15年3月31日に被告X1に対し300万円を弁済期の定めなく貸し付けた旨主張しましたが、原告の主張は認められていません(29頁以下)。

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7 被告X1への立替金の有無

被告X1の依頼を受けた原告による花代金の立替払いの有無について、裁判所は、原告が負担する旨の合意を認定し、原告の被告X1に対する立替金請求を認めていません(30頁)。

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8 被告会社に対する貸付けの有無

原告は、平成14年2月27日に被告会社に対し1000万円を弁済期の定めなく貸し付けた旨主張しましたが、裁判所は、原告の被告会社に対する貸金返還請求を認めていません(30頁以下)。

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9 被告会社への立替金の有無

原告は、被告会社の依頼を受けて被告会社所有のロールスロイスに係る費用(自動車保険料、修理代金等、駐車場賃料)の立替払をしたとして、被告会社への立替金の請求をしました。
この点について、裁判所は、原告は所属タレントである被告X1が使用する本件ロールスロイスに係る諸費用を被告X1のイメージを高め、あるいは維持するための経費として自ら負担することとして支払っていたと判断。原告の被告会社に対する立替金請求は理由がないと判断しています(31頁以下)。

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■コメント

美川憲一さんの所属事務所変更に伴う移籍金の支払いの要否などが争点となった事案です。
関係者間での覚書の内容として移籍金の件が言及されていなかったという点では、裁判所も合意書面を重視した判断を行っています。
原告芸能事務所の財務状況の悪化をきっかけにした移籍問題ですが、芸能事務所の経営もなかなかにたいへんであることが伝わります。

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■参考サイト

原告会社プレスリリース(2013年12月12日)
美川憲一氏に対する訴訟提起について