最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

幻想ネーミング辞典事件

東京地裁平成27.3.26平成25(ワ)19494著作権侵害差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 沖中康人
裁判官      三井大有
裁判官      宇野遥子

*裁判所サイト公表 2015.06.04
*キーワード:編集著作物性、翻案権、同一性保持権、氏名表示権

   --------------------

■事案

出版物の編集著作物性や著作権侵害性が争点となった事案

原告:出版社
被告:出版社

   --------------------

■結論

請求一部認容

   --------------------

■争点

条文 著作権法12条1項、27条、19条、20条

1 原告書籍の著作物性
2 著作権侵害の成否
3 著作者人格権侵害の成否
4 原告の損害
5 差止めの要否

   --------------------

■事案の概要

『本件は,原告が,被告の出版,販売する別紙物件目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)は,原告が出版,販売している「幻想ネーミング辞典」(以下「原告書籍」という。)を複製又は翻案したものであり,被告は原告の著作権(複製権又は翻案権)と著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害していると主張して,被告に対し,著作権法(以下「法」という。)112条に基づく被告書籍の印刷,出版,販売及び頒布の差止めと廃棄を求めるとともに,著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として主位的に損害賠償金7248万4686円,予備的に損害賠償金2886万5000円並びにこれらに対する不法行為の後であり訴状送達の日の翌日である平成25年8月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案』
(2頁)

<経緯>

H21.08 原告書籍刊行
H23.06 被告書籍刊行

原告書籍:「幻想ネーミング辞典」
被告書籍:「幻想世界11カ国語ネーミング辞典」

   --------------------

■判決内容

<争点>

1 原告書籍の著作物性

被告は、幻想世界等に関するネーミング辞典として他にも類書があり、原告書籍における個々の具体的な単語の選択及び配列は表現の選択の幅が狭い中で、ごくありふれた単語がごくありふれた方法で配列されたものに過ぎないとして、原告書籍の素材の選択と配列には創作性がないと主張しました(13頁以下)。
この点について、裁判所は、編集著作物(著作権法12条1項)における創作性は、素材の選択又は配列に、何らかの形で人間の創作活動の成果が表れ、編集者の個性が表れていることをもって足りると説示。その上で原告書籍を検討しています。

原告書籍は、ネーミング辞典であり、1234語の原告見出し語とこれに対応する10か国語及びその発音のカタカナ表記を主要な素材とするものであって、これを別紙「分類対比表1−1」の「原告書籍」欄のとおり大、中、小のカテゴリー別に配列したものであると認められる。そして、原告従業員らは、こうした素材、とりわけ見出し語の選択及び配列を行うに当たって、幻想世界に強い興味を抱く本件読者層が好みそうな単語を恣意的に採り上げて収録語数1000から1200語程度のコンパクトで廉価なネーミング辞典を編集するという編集方針(以下「原告編集方針」という。)の下、収録語の取捨選択を行い、構成等を適宜修正しつつ自ら構築したカテゴリー別に配列してネーミング辞典として完成させたものであると認定。

結論として、原告書籍は、原告従業員らが素材の選択と配列に創意を凝らして創作した編集著作物に当たると認めています。

そして、原告書籍は、原告の発意に基づき原告従業員らが職務上作成する著作物で、原告の名義の下に公表するものであるとして、その著作者は原告であると判断しています(15条1項)。

   --------------------

2 著作権侵害の成否

次に、原告書籍と被告書籍とが対比され、被告による著作権侵害の成否が検討されています(19頁以下)。

見出し語について、実質的に同一であるものがそれぞれの見出し語の大半を占めており、

原告見出し語(1234語)のうち原告書籍のみにあるもの:25語
被告見出し語(1213語)のうち被告書籍のみにあるもの:4語

となっており、両者の素材の選択については極めて類似性が高いといわざるを得ず、カテゴリー別の分類においても共通点が多いことも併せれば、被告書籍からは、原告書籍の素材の選択及び配列における表現上の本質的同一性を看取することができるというべきであると裁判所は判断。
また、被告が原告書籍を参照して被告書籍を編集したことからすれば、被告は、原告書籍に依拠して被告書籍を作成したものといわざるを得ないと判断。
結論として、被告書籍は、少なくとも原告書籍の翻案に当たると判断しています。

   --------------------

3 著作者人格権侵害の成否

被告は、原告書籍を翻案するに当たって、題号を変更し、外国語としてポルトガル語を付加したほか、記載の一部に改変を加えたことが認められ、これらの改変は原告の意思に反するものであったと裁判所は判断。
また、被告は被告書籍上に原告の名称を表示していないと認定。
結論として、被告は、少なくとも過失により原告の原告書籍に係る同一性保持権及び氏名表示権を侵害したと裁判所は判断しています(23頁以下)。

   --------------------

4 原告の損害

著作権侵害に基づく損害に関する損害金のほか、著作者人格権侵害に基づく損害について50万円、弁護士費用相当損害賠償金について250万円が認定されています(24頁以下)。

   --------------------

5 差止めの要否

そのほか、被告書籍の印刷、出版、販売又は頒布の差止め及び被告書籍の廃棄が認められています。

   --------------------

■コメント

アマゾンの書評を見てみるとネーミング辞典として原告書籍は一定の評価を受けている一方、被告書籍については、後発書籍として原告書籍との内容の類似性が指摘されているところです。

   --------------------

■参考判例

言語辞書の見出し語とそれに対応する文例に関して編集著作物性が争点となった事案

「時事英語要語辞典」事件

東京地判昭和59年5月14日昭和50(ワ)480 判決文
別紙1
東京高判昭和60年11月14日昭和59(ネ)1446 判決文

「ところで、言語辞典のような編集物の編集活動は、主として、それ自体特定人の著作権の客体となりえない、社会の文化資産としての言語、発音、語意、文例、語法などの言語的素材を当該辞典の利用目的に即して収集、選択し、これを一定の形に配列し、所要の説明を付加することなどから成り立つものであるが、例えば見出し語に対する文例が多数ありうるものであつて、選択の幅が広いというように、当該素材の性質上、編集者の編集基準に基づく独自の選択を受け容れうるものであり、その選択によつて編集物に創作性を認めることができる場合と例えば見出し語に対する文例選択の幅が狭く、当該編集者と同一の立場にある他の編集者を置き換えてみても、おおむね同様の選択に到達するであろうと考えられ、したがつてその選択によつて編集物に創作性を認めることができない場合がある。そして、後者の場合、先行する辞典の選択を参照して後行の辞典を編集しても、それは共通の素材を、それを処理する慣用的方法によつて取り扱つたにすぎないから、特に問題とするに足りないが、前者の場合において、後行の辞典が先行する辞典の選択した素材をそのまま又は一部修正して採用し、その数量、範囲ないし頻度が社会観念上許容することができない程度に達するときは、その素材の選択に払われた先行する辞典の創造的な精神活動を単純に模倣することによつてその編集著作権を侵害するものというべきである。」(控訴審判決文)