最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「TRIPP TRAPP」椅子形態模倣事件(対カトージ)控訴審

知財高裁平成27.4.14平成26(ネ)10063著作権侵害行為差止等請求控訴事件PDF

知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 清水 節
裁判官      新谷貴昭
裁判官      鈴木わかな

*裁判所サイト公表 2015.4.16
*キーワード:純粋美術、応用美術、著作物性、商品等表示、一般不法行為

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■事案

幼児用椅子の形態模倣性に関してデザインの著作物性や不正競争行為性が争点となった事案の控訴審

控訴人(一審原告) :工芸デザイン権利保有会社、家具製造販売会社
被控訴人(一審被告):育児用品、家具販売会社

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■結論

控訴棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、2条2項、10条1項4号、不正競争防止法2条1項1号、2号、民法709条

1 著作権又はその独占的利用権の侵害の有無
2 不競法2条1項1号の不正競争行為該当性
3 不競法2条1項2号の不正競争行為該当性
4 一般不法行為上の違法性の有無

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■事案の概要

『(1)本件は,控訴人らが,被控訴人に対し,被控訴人の製造,販売する被控訴人製品の形態が,控訴人らの製造等に係る別紙1「控訴人ら製品目録」記載の製品(以下「控訴人製品」という。)の形態的特徴に類似しており,被控訴人による被控訴人製品の製造等の行為は,(1)控訴人オプスヴィック社の有する控訴人製品の著作権(以下「控訴人オプスヴィック社の著作権」ともいう。)及び同著作権について控訴人ストッケ社の有する独占的利用権(以下「控訴人ストッケ社の独占的利用権」ともいう。)を侵害するとともに,(2)控訴人らの周知又は著名な商品等表示に該当する控訴人製品の形態的特徴と類似する商品等表示を使用した被控訴人製品の譲渡等として,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号又は2号の「不正競争」に該当する,仮に,上記侵害及び不正競争に該当すると認められない場合であっても,少なくとも(3)控訴人らの信用等を侵害するものとして民法709条の一般不法行為が成立する旨主張して,(1)控訴人らにおいて,不競法3条1項及び2項に基づき,控訴人オプスヴィック社において,著作権法112条1項及び2項に基づき,被控訴人製品の製造,販売等の差止め及び破棄を求め,(2)控訴人オプスヴィック社において,著作権法114条3項,不競法4条,5条3項1号,民法709条に基づき,控訴人ストッケ社において,著作権法114条2項,不競法4条,5条2項,民法709条に基づき,それぞれの損害賠償金及びこれらに対する原審訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(3)控訴人らにおいて,不競法14条に基づき,謝罪広告の掲載を求めた事案である。
(2)原審は,(1)控訴人製品のデザインは,著作権法の保護を受ける著作物に当たらないと解されることから,控訴人らの著作権又はその独占的利用権の侵害に基づく請求は,理由がない,(2)控訴人製品は,従来の椅子には見られない顕著な形態的特徴を有しているから,控訴人製品の形態が需要者の間に広く認識されているものであれば,その形態は,不競法2条1項1号にいう周知性のある商品等表示に当たり,同号所定の不正競争行為の成立を認める余地があるものの,被控訴人製品の形態が控訴人製品の商品等表示と類似のものに当たるということはできず,よって,控訴人らの不競法2条1項1号に基づく請求は,理由がない,(3)本件の各関係証拠上,控訴人製品の形態が控訴人らの著名な商品等表示になっていたと認めることはできず,また,上記のとおり,被控訴人製品の形態が控訴人製品の商品等表示と類似のものに当たるとはいえないことから,控訴人らの同項2号に基づく請求は,理由がない,(4)被控訴人製品の形態が控訴人製品の形態に類似するとはいえず,また,取引者又は需要者において,両製品の出所に混同を来していると認めるにも足りないから,被控訴人製品の製造・販売によって控訴人らの信用等が侵害されたとは認められず,したがって,上記製造・販売が一般不法行為上違法であるということはできない旨判示し,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
 控訴人らは,原判決を不服として,控訴を提起した。』(2頁以下)

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■判決内容

<争点>

1 著作権又はその独占的利用権の侵害の有無

(1)控訴人製品の著作物性の有無等

控訴人製品は幼児用椅子であることから、控訴審裁判所は、第一義的には実用に供されることを目的とするものであり、主として鑑賞を目的とする工芸品を指す「美術工芸品」(著作権法2条2項)に該当せず、「美術の著作物」(10条1項4号)として保護されるかどうかについて検討を進めています(27頁以下)。
そして、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物(応用美術)の保護の可否については、「応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(甲90,甲91,甲93,甲94),表現態様も多様であるから,応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。」
として、応用美術における著作物性の判断基準について言及。
さらに、著作権侵害が認められるためには応用美術のうち、侵害として主張される部分が著作物性を備えていることが必要であるとして、控訴人らの主張に係る控訴人製品の形態的特徴を検討。

【1】「左右一対の部材A」の2本脚であり、かつ、「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点
【2】「部材A」が「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点

上記2点が形態的特徴であり、この点において作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており、「創作的」な表現というべきであると裁判所は判断。
控訴人製品は上記の点において著作物性が認められ、「美術の著作物」に該当すると判断されています。

なお、控訴人オプスヴィック社が控訴人製品の著作権を有し、控訴人ストッケ社が同著作権の独占的利用権を有すると認定されています。

(2)侵害の有無

結論としては、脚部の本数に係る相違(被控訴人製品は4本脚で控訴人製品は2本脚)は、椅子の基本的構造に関わる大きな相違といえるとして、その他の点に係る共通点を凌駕すると控訴審裁判所は判断。
被控訴人製品は、控訴人製品の著作物性が認められる部分と類似しているとはいえないと判断、侵害性を認めていません(36頁以下)。

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2 不競法2条1項1号の不正競争行為該当性

(1)控訴人製品に係る「商品等表示」に該当する形態

裁判所は、不正競争防止法2条1項1号(商品等主体混同惹起行為)の趣旨に言及した上で、商品の形態については、(1)客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、(2)特定の事業者による長期間に及ぶ継続的かつ独占的な使用、強力な宣伝広告等によって需要者において当該特定の事業者の出所を表示するものとして周知されるに至れば(周知性)、2条1項1号の「商品等の表示」に該当すると説示し、控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴のうち、(1)「左右一対の部材A」の2本脚であり、かつ、「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点並びに(2)「部材A」が「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において特別顕著性が認められると判断。
控訴人製品は、被控訴人が被控訴人製品3の製造、販売を始めた平成18年2月頃までには控訴人らの出所を表示するものとして周知されるに至ったものと認められています(37頁以下)。

(2)控訴人製品に係る「商品等表示」の周知性の有無

控訴人らの主張に係る控訴人製品の形態的特徴に係る特別顕著性が認められる点は、控訴人らを表示するものとして周知されていることが認められています。

(3)控訴人製品に係る「商品等表示」の形態と被控訴人製品の形態との類似性の有無

控訴人製品に係る「商品等表示」の形態である、控訴人らの主張に係る控訴人製品の形態的特徴のうち特別顕著性が認められる点と、被控訴人製品の形態との間には類似性を認めることはできないと判断されています。

(4)「混同を生じさせる行為」該当性の有無

控訴人製品の商品等表示に当たる控訴人らの主張に係る控訴人製品の形態的特徴のうち特別顕著性が認められる点と、被控訴人製品の形態との間に類似性を認めることはできないことから、被控訴人による被控訴人製品の製造、販売等の行為が「混同を生じさせる行為」に該当する余地はないと判断されています。

結論として、被控訴人製品の譲渡等の行為は不競法2条1項1号の商品等主体混同惹起行為には該当しないと判断されています。

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3 不競法2条1項2号の不正競争行為該当性

控訴人製品の商品等表示に当たる控訴人らの主張に係る控訴人製品の形態的特徴のうち特別顕著性が認められる点と、被控訴人製品の形態との間に類似性を認めることはできないことから、被控訴人による被控訴人製品の製造、販売等の行為は、不競法2条1項2号の著名表示冒用行為に該当しないと判断されています(44頁)。

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4 一般不法行為上の違法性の有無

被控訴人製品は、控訴人製品を模倣したものとは認められず、被控訴人製品の販売等の行為が控訴人製品と混同を生じさせる行為ということもできないとして、一般不法行為も成立しないと判断されています(44頁)。

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■コメント

椅子のデザインの保護について、高裁レベルで著作物性を肯定した事案として重要な先例となります。
原審では幼児用椅子のデザインの著作物性(著作権侵害性)、不正競争行為性、一般不法行為論のいずれの争点も否定されていました。
ところが、控訴審では、結論としては原審同様、棄却の判断ですが、椅子のデザインの特徴的な部分について著作物性が肯定されています。
幼児用椅子

応用美術論では、高裁レベルの判断で著作物性が認められた事案としては、食玩フィギアの著作物性を肯定したフルタ製菓対海洋堂チョコエッグ事件(大阪高裁平成17年7月28日判決)があり、本件で2例目となります。
チョコエッグ事件の食玩の妖怪フィギュアについては、極めて精巧なものであり、一部のフィギュア収集家の収集、鑑賞の対象となるのにとどまらず、一般的な美的鑑賞の対象ともなるような相当程度の美術性を備えていると判断されている事案でした。
これに対して本件の幼児用椅子のような非鑑賞目的の日用品の工業デザインでの著作権法と意匠法の交錯問題については、ベルギーやデンマーク、ノルウェーなど欧州では椅子のデザインの著作物性が肯定されているといった(ベルヌ条約2条7項を前提としつつも)国際的ハーモナイゼーションの視点も含め、本事案における知財高裁の政策的価値判断の是非、不競法での処理も結論として認めなかった事案処理の肯否はさらに検討されるべきところです。

ところで、4月19日の日曜日の夕刻、東京目黒区自由が丘を散策していて、カフェレストランの入口に目をやると、なんと、原告製品と被告製品とおぼしき幼児用椅子が並んでいました。
いずれの椅子も使い込まれていて、実用品として並んで置かれていると、どれも同じに見えてきてよくよく目をこらさないと区別がつきませんでした。
著作物性を肯定しつつも、非類似で結論のバランスをとった知財高裁の判断が妥当だったのか、少なくとも、著作物性を肯定するのであればより積極的な理由付けが必要ではなかったのか。また、対アップリカ事件では不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為性を肯定することで処理をしており、本事案での知財高裁の判断には直ちに疑問なしとしないところです。

02
(2015年4月19日撮影)

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■過去のブログ記事

原審(2014年04月30日記事)
「TRIPP TRAPP」椅子形態模倣事件(対カトージ)

対アップリカ事件(2010年12月09日記事)
東京地裁平成22.11.18平成21(ワ)1193著作権侵害行為差止請求事件
(確定)

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■参考判例

チョコエッグ事件
大阪高裁平成17.7.28平成16(ネ)3893違約金等本訴請求、不当利得返還反訴請求控訴事件 判決文PDF

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■参考文献

三山峻司「応用美術の著作物の保護」『知的財産訴訟実務大系』(2014)47頁以下
鈴木香織「TRIPP TRAPP事件」『著作権研究』(2014)39号264頁以下

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■参考サイト

企業法務戦士の雑感(2015-04-18記事)
応用美術の「常識」を覆した新判断〜「TRIPP TRAPP」幼児用椅子著作権侵害事件・控訴審判決