最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

テレビ放送用フォント事件

大阪地裁平成25.7.18平成22(ワ)12214損害賠償等請求事件PDF

大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 谷 有恒
裁判官      松阿彌隆
裁判官      松川充康

*裁判所サイト公表 2013.8.8
*キーワード:タイプフェイス、フォント、契約、一般不法行為論、不当利得

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■事案

タイプフェイス(フォント)の使用許諾契約上の利益が侵害されたかどうかが争点となった事案

原告:フォントベンダー
被告:放送会社、映像制作会社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 民法709条、703条

1 本件タイプフェイスの保護について
2 被告らによる営業上の利益の侵害性
3 本件DVDに関する不法行為の成否
4 不当利得の成否

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■事案の概要

『フォントベンダーである原告が,テレビ放送等で使用することを目的としたディスプレイフォントを製作し,番組等に使用するには個別の番組ごとの使用許諾及び使用料の支払が必要である旨を示してこれを販売していたところ,原告が使用を許諾した事実がないのに,前記フォントを画面上のテロップに使用した番組が多数制作,放送,配給され,さらにその内容を収録したDVDが販売されたとして,番組の制作,放送,配給及びDVDの販売を行った被告テレビ朝日並びに番組の編集を行った被告IMAGICAに対し,被告らは,故意又は過失により,フォントという原告の財産権上の利益又はライセンスビジネス上の利益を侵害したものであり,あるいは原告の損失において,法律上の原因に基づかずにフォントの使用利益を取得したものであると主張して,主位的には不法行為に基づき,予備的に不当利得の返還として,原告の定めた使用料相当額の金員(主位的請求には弁護士費用が加算される。)の支払を求めた事案』(2頁以下)

<経緯>

H07  原告が旧フォントソフトを販売
H12  原告が被告テレビ朝日に「ソフトウェア使用に関する同意書」通知
H14  原告が被告テレビ朝日に通知、被告が対応拒否
H15  原告が被告テレビ朝日に無料サービス終了通知
     原告が「VDL TYPE LIBRARYデザイナーズフォント」(本件フォント)販売
H18  被告テレビ朝日下請制作会社従業員がロゴGを購入
H19  被告テレビ朝日従業員がロゴG購入
H21  原告が被告IMAGICAに通知
     被告テレビ朝日が番組をDVD販売

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■判決内容

<争点>

1 本件タイプフェイスの保護について

原告は、本件タイプフェイスは、データ形式にした本件フォントが一揃いのタイプフェイスとして、さらに、一文字単位でも法的な保護に値する利益を有する旨主張しました(33頁以下)。
しかし、裁判所は、ゴナ書体最高裁判決(最判平成12.9.7平成10(受)332)、北朝鮮映画事件(対フジテレビ)最高裁判決(最判平成23.12.8平成21(受)602)に言及した上で、本件フォントを使用すれば原告の法律上保護される利益を侵害するものとして直ちに不法行為が成立するとすれば、本件タイプフェイスについて排他的権利を認めるに等しいことになるとして、原告の主張を認めていません。

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2 被告らによる営業上の利益の侵害性

原告は、さらに本件フォントに係るライセンスビジネスという営業上の利益が侵害された旨主張しました(34頁以下)。
しかし、裁判所は、以下の諸点から不法行為の成立を否定しています。

(1)使用態様
本件フォントが本件番組等のテロップに使用された経緯として、被告テレビ朝日又は被告IMAGICAの担当者が定型的、継続的業務として被告IMAGICAの赤坂ビデオセンター編集室で本件フォントを使用しテロップを製作していたと認めるに足りる証拠はないこと等から、被告らが本件フォントソフト又は本件フォント自体を使用してテロップを製作したとは認められない。

(2)故意
テロップ製作業者等から被告らがフォント成果物を取得する際に本件フォントに由来する文字であることを認識していたとしても当然に原告に対する故意の不法行為が成立するものではない。また、本件使用許諾契約との関係で、少なくとも被告らにおいてフォント成果物の納品元であるテロップ製作業者等が、原告との間で本件フォントの使用に制限を課す本件使用許諾契約を締結しており、かつ、これに違反している旨知っていたことを要するものと解されるところ、こうした事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)過失
旧フォントと本件フォントを区別することは困難であること、多数のフォントベンダーによる多数のフォントが流通しており使用権限の確認は困難であること、フォントの性質、制作業務が分担されていること、といった諸点から、フォント成果物であるテロップ画像を取得して本件番組の制作、編集に使用する被告らに、テロップ製作業者等による本件フォントの使用について、原告の正当な許諾があったかを確認して許諾がないのであればその使用を中止すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った、との過失を認めることはできない。

(4)違法性
利益の要保護性や使用態様から、違法性が認められない。

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3 本件DVDに関する不法行為の成否

原告は、本件DVDにおける本件フォントの使用について、本件番組における本件フォントの使用とは別に不法行為が成立すると主張しました(40頁以下)。
しかし、裁判所は、被告IMAGICAが本件各DVD1における本件フォントの使用に関わったことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告テレビ朝日についても本件DVDにおいて使用された本件フォントは違法性を帯びることなく文字としての流通過程に置かれたものといえるとして、本件DVDに関する不法行為の成立も否定しています。

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4 不当利得の成否

原告は、被告らが法律上の原因なく本件フォントの使用利益を利得し、あるいは使用料支払を免れたことが不当利得に当たる旨主張しました(41頁以下)。
しかし、裁判所は、本件タイプフェイスには著作物としての排他的権利性は認められず、本件フォント成果物を取得しこれをテレビ番組等に使用することで被告らが一定の利益を受ける面があったとしても被告らが「他人の財産又は労務によって利益を受け」(民法703条1項)たと評価することはできないこと、また、被告らは、本件使用許諾契約の当事者とは認められず、同契約に基づく債務を負担する立場になく、本件使用許諾契約に基づく使用料が支払われていないことをもって、原告の損失あるいは被告らの利得と評価することもできないなどとして、不当利得の成立を否定しています。

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■コメント

顕著な独創性を有する場合は別段、実用書体であるフォント自体に著作物性が認められず著作権法上の保護を受けられない状況のなかで、業界での契約慣行の確立のためにフォントベンダーの皆様は日々尽力されておいでかと思います。
番組制作にあたって「良いモノ」として現場が使っているわけで、価値創造のサイクルを絶やさないためにもフォントの重要性を再認識しなければなりません。
放送事業者にあっては、権利処理が煩雑であればなおさら、フォントの価値を尊重して、率先してライセンス契約を締結していく姿勢が求められるところです。

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■参考判例

ゴナ書体事件
最判平成12.9.7平成10(受)332著作権侵害差止等請求本訴、同反訴事件

北朝鮮映画事件(対フジテレビ)
最判平成23.12.8平成21(受)602著作権侵害差止等請求事件

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■参考文献

財団法人知的財産研究所『タイプフェイスの保護のあり方に関する調査研究報告書』(平成19年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書)(2008)報告書PDF

財団法人知的財産研究所『諸外国におけるタイプフェイスの保護の現状と問題点に関する調査研究報告書』(平成18年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書)(2007)報告書PDF

大家重夫『タイプフェイスの法的保護と著作権』(2001)