最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

近世錦絵世相史事件

大阪地裁平成24.7.5平成23(ワ)13060損害賠償請求事件PDF
別紙PDF

大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 谷 有恒
裁判官      松川充康
裁判官      網田圭亮

*裁判所サイト公表 2012.7.12
*キーワード:複製、翻案、アイデア表現二分論、一般不法行為

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■事案

錦絵の研究成果について盗用があるなどとして書籍の複製権、翻案権侵害性が争点となった事案

原告:錦絵研究家P3の相続人
被告:作家、浮世絵研究家

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、21条、27条、民法709条

1 被告の行為が原告著作物についての著作権侵害(複製権侵害又は翻案権侵害)に当たるか
2 一般不法行為の成否

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■事案の概要

『原告が,被告に対し,(1)被告が執筆した「江戸のニューメディア 浮世絵 情報と広告と遊び」と題する単行本(以下「本件単行本」という。)の記述,(2)被告が執筆した「大江戸浮世絵暮らし」と題する文庫本(以下「本件文庫本」という。)の記述,及び(3)被告が出演した「NHKウィークエンドセミナー 江戸のニューメディア 浮世絵意外史」と題するテレビ番組(全4回。以下,放送順に「本件番組1」ないし「本件番組4」という。)での発言について,いずれも原告の著作権(複製権又は翻案権)を侵害し,又は一般不法行為が成立すると主張して,損害賠償金1000万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成23年11月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案』(1頁)

<経緯>

S10 P3が近世錦繪世相史刊行
S45 P3死亡、原告が著作権を相続
S53 原告が「錦絵随想8」執筆
S55 原告が「P3コレクション全集1 」に「あとがき」執筆
H3  被告が放送番組に出演
H4  被告が「江戸のニューメディア浮世絵 情報と広告と遊び」刊行
H14 被告が「大江戸浮世絵暮らし」刊行

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■判決内容

<争点>

1 被告の行為が原告著作物についての著作権侵害(複製権侵害又は翻案権侵害)に当たるか

原告は、被告著作物部分の記述又は発言が、原告の祖父であるP3の独自の研究成果を盗用し、自説として発表したものであり、原告記述部分と同一又は本質的に同一であることから複製又は翻案に当たると主張しました。
この点について、裁判所は、複製と翻案の意義について言及した上で、原被告著作物を対比して検討しています(別紙対比目録参照)。
結論として、著作物性がある部分での同一性がない、具体的な表現が異なっている、表現上の本質的特徴を感得できないなどとして、いずれの部分についても複製権又は翻案権侵害性を否定しています(20頁以下)。

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2 一般不法行為の成否

原告は、原告の祖父P3が長年の調査・研究により浮世絵版画は美術品として作られたものではなく、かわら版から発展したものであり、江戸時代の庶民の玩具であり、幕末期以降は事件報道を行うことにより一種のジャーナリズム的役割を果たした旨のユニークな結論にたどりついたところ、被告はP3の労苦にただ乗りして名声を上げ、かつ経済的利益を上げたことを理由に、一般不法行為(民法709条)が成立すると主張しました。
この点について裁判所は、著作権法が規律の対象とする権利あるいは利益とは異なる法的に保護された利益を違法に侵害するなどの特段の事情がない限り不法行為を構成するものではないとした上で、本件では特段の事情がなく、原告の法的保護に値する利益が違法に侵害されたとは認められないと判断しています(30頁以下)。

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■コメント

別紙が添付されていて、原被告著作物の対比ができます。
例えば、符号Mの部分の対比は、以下の通りです。

・原告著作物4
「江戸時代末期において、玩具的教育資料としての役割をはたした錦絵の伝統は、やがて明治になると、教材という形で、正式な教育教材として扱われるようになった。」

・被告単行本148頁、文庫本189頁、
「こういうのをなにに使ったかというと、小学校とか、寺子屋から発展したそういうところで教科書の副読本として用いていたのです。」
・本件番組4
「こういうのを何に使ったかといいますと、これはアノ、小学校とかあるいは、マ寺子屋からこう発展したソノ、ウノーところですね、そういうところでアノー教科書のソノアノー副読本として用いていたんですね。ですからまあ、これは明らかにソノ浮世絵が大量生産できるというソノ利点と、あとソノ絵でもって説明できるということで、結局百科事典の代わりに、こういうものをソノたくさん作って、ウノ子供たちが勉強したってことですね。」


箱根富士屋ホテル物語事件一審(東京地裁平成22.1.29平成20(ワ)1586)のような一部認容の判断がされる余地もあるのが、アイデアと表現の連続性がある著作権事件での侵害性判断の難しいところかもしれません(控訴審では棄却)。
もっとも、本件別紙対比目録を見る限り、類否は事実やアイデアのレベルのものといえ、これで侵害性を肯定するとなれば、自由な表現活動が脅かされる懸念があります。
原告としては、被告がP3の見解への配慮を欠く点を法的に問題としている訳ですが、こうした点は、P3著作物を初出として被告著作物などに参考文献として掲載するかどうかも含めて、被告の浮世絵研究家としての学問的な評価の問題とすれば足りると思うところです。

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■過去のブログ記事

「箱根富士屋ホテル物語」事件(原審)
控訴審

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■参考判例

江差追分事件 最高裁平成13年6月28日平成11(受)922損害賠償等請求事件

学説や思想それ自体が著作権法の保護の範疇に属するものではないとした事案として、
・「日本の名著 三浦梅園」事件 
 東京地裁昭和59年4月23日昭和57(ワ)13668最新著作権関係判例集4巻282頁以下
 東京高裁昭和62年3月19日昭和59(ネ)1299 同6巻122頁以下
・「中国塩政史の研究」事件
 東京地裁平成4年12月16日平成元(ワ)1607等 判時1472号130頁以下