最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

火災保険契約説明書事件

東京地裁平成23.12.22平成22(ワ)36616損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官      大西勝滋
裁判官      石神有吾

*裁判所サイト公表 2011.12.27
*キーワード:著作物性、職務著作性、一般不法行為論、品質等誤認惹起行為、秘密保持契約

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■事案

火災保険に関する説明書面の著作物性などが争点となった事案

原告:損害保険代理店
被告:損害保険会社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、15条1項、21条、114条3項、不正競争防止法2条1項13号、民法709条

1 著作権侵害の成否
2 本件秘密保持契約違反の有無
3 不競法2条1項13号の不正競争行為の成否
4 一般不法行為の成否
5 損害論

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■事案の概要

『損害保険の代理店業等を営む原告が,損害保険会社である被告に対し,被告が,原告と被告間の損害保険代理店契約が解除された後に,原告の著作物である別紙1の「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題する説明書面(「本件説明書面」という。)を複製し,これを含む別紙2の案内資料(以下「被告案内資料」という。)を原告の顧客である社会福祉法人に送付し,被告との火災保険契約の締結を勧誘した行為は,原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害,上記解除に伴い原告と被告間で締結された秘密保持契約違反の債務不履行,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為に該当するとして,民法709条,415条及び不競法4条に基づく損害賠償と遅延損害金の支払を求めた事案』(2頁)

<経緯>

H15.4 原告被告間で損害保険代理店契約締結
H19.6 代理店契約解除。本件秘密保持契約締結
H21.10原告が本件説明書面を作成
H21.11被告が被告案内書面を作成
H22.1 火災保険内容改定

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■判決内容

<争点>

1 著作権侵害の成否

(1)本件説明書面の著作物性

「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題する顧客向け文章と、地域別に建物の構造級別区分ごとの保険料率の改定幅を数値で示した一覧表及び区分判定チャート方式図表からなる原告の本件説明書面の著作物性(著作権法2条1項1号)がまず争点となっています(16頁以下)。

この点について、被告は、火災保険の内容改定といった既定の事実や変更点についての客観的なデータの羅列又は集合にすぎず、また、改定内容を正確に記述することが強く求められるものであるとして、本件説明書面に著作物性が成立しないと反論しました。

しかし、裁判所は、本件説明書面の構成やデザインは、本件改定の内容を説明するための表現方法として様々な可能性があり得る中で本件説明書面の作成者が本件改定の内容を分かりやすく説明するという観点から、特定の選択を行い、その選択に従った表現を行ったものといえるとした上で、これらを総合した成果物である本件説明書面の中に作成者の個性が表現されているものと認めることができると判断。著作物性を肯定しています。

(2)本件説明書面の職務著作該当性

本件説明書面は原告の第一営業部長のY1が作成したものであり、原告の発意に基づき、その業務に従事する者が職務上作成した著作物であり、原告の著作名義の下で公表され、また、別段の定めもないとして、本件説明書面の職務著作該当性(15条1項)を肯定。本件説明書面の著作者は原告であると認められています(18頁)。

(3)被告による複製権侵害の有無

被告による複製権侵害の有無について、裁判所は、被告案内資料中の「見本(1)」及び「見本(2)」と題する各書面は、被告が本件説明書面に「見本(1)」及び「見本(2)」の文字、矢印及び文字囲み(本件説明書面の本文部分中の「14.71%から最大で48.48%の大幅アップとなります。」との部分)を手書きで加えたものを複写して作成したコピーであるとして、被告による上記各書面の作成行為は、本件説明書面の複製(著作権法2条1項15号)に該当することが明らかであり、また、被告は本件説明書面の複製につき原告の許諾を得ていないことから、原告の複製権(21条)を侵害すると判断しています(19頁)。

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2 本件秘密保持契約違反の有無

損害保険代理店契約解除に伴い、原被告間で契約期間中の顧客情報を含めた情報の取扱いについて秘密保持契約を締結していました。
この点について、原告は、被告が被告案内資料を送付した先がいずれも本件特約火災保険の契約者であることから、被告は本件代理店契約の締結中に知り得た本件契約情報中の契約者に関する情報に基づいて送付先の社会福祉法人を選定したものであり、被告による被告案内資料の送付行為は、本件秘密情報に属する本件契約情報を自己の営業目的に使用する行為に当たるものといえるとして、本件秘密保持契約(4条)に違反する旨主張しました。
しかし、裁判所は、被告案内書面の内容は、必ずしも本件特約火災保険の契約者のみを対象とした書面としてしか理解できない内容となっているものではないことなどから、被告案内資料の送付先選定が、本件契約情報中の契約者に関する情報に基づいて行われたと認めず、契約違反性を否定しています(19頁以下)。

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3 不競法2条1項13号の不正競争行為の成否

原告は、被告案内書面に保険契約に関する虚偽の内容が含まれているとして、役務内容誤認惹起行為性(不正競争防止法2条1項13号)を争点としました(22頁以下)。
しかし、裁判所は、虚偽の内容を含むものではなく、また需要者に誤認を生じさせる内容でもないとして、13号の該当性を否定しています。

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4 一般不法行為の成否

被告の書面複製行為から勧誘行為に亘る一連の行為は、公正な競争として社会的に許容される限度を超える違法な行為であるとして、一般不法行為(民法709条)が成立すると原告は主張しました(26頁)。
しかし、裁判所は、被告に少なくとも過失が認められる著作権侵害行為のほかは、一般不法行為が成立するものではないとして、これを否定しています。

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5 損害論

本件説明書面の著作権使用料相当額(114条3項)として15万円、また、弁護士費用相当額として10万円の合計25万円が損害額として認定されています(26頁以下)。

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■コメント

社会福祉法人向けの火災保険説明書面の無断複製があったことから、その書面の著作物性が争点となりました。
書面内容のアップがないためその詳細が分かりませんが、保険内容の改定や保険料率の改定幅といった、客観的な事実を伝える書面という性質からすると、表現の選択の幅が狭く、著作物性が否定されてもおかしくない事案だったかもしれません。
著作物性を否定しつつ、デッドコピー利用の点を捉えて一般不法行為論での処理も考えられるところですので(法律書籍事件 知財高裁平成18.3.15平成17(ネ)10095損害賠償等請求控訴事件参照)、引続き控訴審の判断を注視したいと思います。