Tweet

2011年01月11日

廃墟写真事件−著作権 損害賠償等請求事件判決(知的財産裁判例集)−

最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

廃墟写真事件

東京地裁平成22.12.21平成21(ワ)451損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官      上田真史
裁判官      石神有吾

*裁判所サイト公表 2010.1.6
*キーワード: 翻案権、アイデア・表現二分論、名誉棄損、一般不法行為

   --------------------

■事案

廃墟を撮影した写真の類否が争点となった事案

原告:写真家
被告:写真家

   --------------------

■結論

請求棄却

   --------------------

■争点

条文 著作権法27条、2条1項1号、民法709条

1 翻案権侵害の成否
2 名誉棄損の不法行為の成否
3 法的保護に値する利益の侵害の不法行為の成否

   --------------------

■事案の概要

『原告が,原告が撮影した「廃墟」を被写体とする写真(いわゆる「廃墟写真」)と同一の被写体を,被告において撮影して写真を作成し,それらの写真を掲載した別紙書籍目録1ないし4記載の各書籍(以下「被告各書籍」といい,それぞれの書籍を「被告書籍1」,「被告書籍2」などという。)を出版及び頒布した行為が,原告の有する写真の著作物の著作権(翻案権,原著作物の著作権者としての複製権,譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害し,また,被告が「廃墟写真」という写真ジャンルの先駆者である原告の名誉を毀損したなどと主張して,被告に対し,(1)著作権法112条1項,2項に基づく被告各書籍の増製及び頒布の差止め並びに一部廃棄,(2)著作権侵害,著作者人格権侵害,名誉毀損及び法的保護に値する利益の侵害の不法行為による損害賠償,(3)著作権法115条及び民法723条に基づく名誉回復等の措置としての謝罪広告を求めた事案』(2頁)

<経緯>

原告書籍:
「棄景−廃墟への旅」(1993年刊行)
「少女物語−棄景Ⅳ」(2000年刊行)
「日本風景論」(2000年刊行)

被告書籍:
「廃墟遊戯」(1998年刊行)
「廃墟漂流」(2001年刊行)
「廃墟をゆく」(2003年刊行)
「廃墟遊戯−Handy Edition」(2008年刊行)

2009年2月5日 訴状送達

   --------------------

■判決内容

<争点>

1 翻案権侵害の成否

原告書籍に収録された写真や個展で発表された写真5点と被告の写真集に収録された写真5点の類否について、翻案権(著作権法27条)侵害性が争点とされました(49頁以下)。

(1) 原告写真1(1−P)及び被告写真1(1−D)
 「旧丸山変電所の建物内部」(群馬県松井田町所在)
(2)原告写真2(2−P)及び被告写真2(2−D)
 「足尾銅山付近の通洞発電所跡(建物外観)」(栃木県足尾町所在)
(3)原告写真3(3−P)及び被告写真3(3−D)
 「大仁金山付近の建物外観」(静岡県修善寺町所在)
(4)原告写真4(4−P,4−P’)及び被告写真4(4−D)
 「奥多摩ロープウェイの機械室内部」(東京都奥多摩町所在)
(5)原告写真5(5−P)及び被告写真5(5−D)
 「奥羽本線旧線跡の橋梁跡」(秋田県大館市所在)

原告は、「廃墟写真」の写真ジャンルにおいては被写体である「廃墟」の選定が重要な意味を持ち、原告写真の表現上の本質的な特徴は被写体及び構図の選択にある旨等主張しました。

この点について、裁判所は翻案の意義について江差追分事件最高裁判例(最判平成13.6.28)に言及した上で、被写体の選択はアイデアであって表現それ自体ではないこと、また構図ないし撮影方向そのものは、表現上の本質的な特徴ということはできないと判断。
そして、被告写真から原告写真の表現上の本質的特徴を直接感得することができるかどうかに関して、原被告各作品の相違点から5点の写真いずれについても、原告写真と被告写真とでは写真全体から受ける印象が大きく異なるものとなっており、被告写真から原告写真の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないと判断しています。

結論として、翻案権侵害は成立せず、また、被告写真の作成が原告写真の翻案物といえない以上、原告主張の複製権(28条、21条)侵害、譲渡権(26条の2)侵害、氏名表示権(19条)侵害は成立しないとしています。

   --------------------   

2 名誉棄損の不法行為の成否

原告は次に、被告の写真集「亡骸劇場」(2006年刊行)巻末の被告に対するインタビューの記載部分に記述された被告の発言について、あたかも被告自ら「廃墟写真」というジャンルをゼロから作り上げたかのような事実を摘示するものであり、この事実摘示を目にした一般人が原告の廃墟写真に接したときは、反射的に原告が「廃墟写真」という分野について被告の二番煎じを演ずる模倣者であるとの誤解を生ずるおそれがあるなどとして、被告の上記発言が原告の名誉を毀損する旨主張しました。

インタビューの記載部分:

「1990年代前半,東京湾岸の風景を撮影していた頃,・・・スクラップ&ビルドの世界に興味を持っていました。そこで眼にした捨て去られた古い倉庫や貨物列車の引き込み線を撮影したとき,初めて「廃墟」というものを意識しました。それから全国に同じような場所がもっとあるだろうと考え,古い地図帳をたよりに鉱山跡を探す旅に出るようになりました。鉱山の廃墟を撮影していて気づいたのは,かつて鉱山を中心にしてでき上がった集落は鉱山が閉山したあと,同じように朽ち果ててしまったということです。」,「そんなゴーストタウンの学校や病院,遊園地,商店などを眼の前にしたとき,鉱山跡とはまったく違った別のジャンルの廃墟が撮れると確信し,「亡骸」シリーズの撮影を続けることにしたのです」

この点について、裁判所は、

『上記記述部分は,「鉱山の廃墟」を撮影してきた被告が,「鉱山の廃墟」とは別の種類の廃墟を撮影して,それらの廃墟写真を「亡骸劇場」に掲載するに至った個人的な経緯を述べたものであって,上記記述部分から,原告が主張するようにあたかも被告自らが「廃墟写真」というジャンルを創設したことを述べたものと認めることはできない。
 また,上記記述部分には,原告及びその写真作品に言及した記載はないのみならず,被告が「廃墟写真」のジャンルにおいて原告の先駆者であるかのような印象を与える記載もない。
 したがって,上記記述部分は,原告の名誉を毀損する事実の摘示を含むものとは認められない。』

として名誉棄損の成立を否定しています(58頁以下)。

   --------------------

3 法的保護に値する利益の侵害の不法行為の成否

原告はさらに、当該廃墟を作品写真として取り扱った先駆者として世間に認知されることによって派生する営業上の諸利益は、法的保護に値する利益であるとした上で、営利目的での発表にあたっては原告の同意を得るか、少なくとも原告作品を参照した旨の明示の義務があるが、被告は原告の同意なく、かつ原告作品を参考にしたなどの注釈を入れることなく被告書籍に掲載、販売しているとして、原告写真13点に関するこれらの行為が不法行為(民法709条)を構成すると主張しました。

この点について裁判所は、

(1)法的保護に値する利益性

『廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体は,当該廃墟が権限を有する管理者によって管理され,その立入りや写真撮影に当該管理者の許諾を得る必要がある場合などを除き,何人も制約を受けるものではないというべきである。このように廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体に制約がない以上,ある廃墟を最初に被写体として取り上げて写真を撮影し,作品として発表した者において,その廃墟を発見ないし発掘するのに多大な時間や労力を要したとしても,そのことから直ちに他者が当該廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体を制限したり,その廃墟写真を作品として発表する際に,最初にその廃墟を被写体として取り上げたのが上記の者の写真であることを表示するよう求めることができるとするのは妥当ではない。』

『また,最初にその廃墟を被写体として撮影し,作品として発表した者が誰であるのかを調査し,正確に把握すること自体が通常は困難であることに照らすならば,ある廃墟を被写体とする写真を撮影するに際し,最初にその廃墟を被写体として写真を撮影し,作品として発表した者の許諾を得なければ,当該廃墟を被写体とする写真を撮影をすることができないとすることや,上記の者の当該写真が存在することを表示しなければ,撮影した写真を発表することができないとすることは不合理である。』

として、原告主張の営業上の利益は法的保護に値する利益には当たるものと認めることはできないと判断。

(2)違法行為の態様

また、被告の違法行為の態様についても、社会的に是認できる限度を逸脱した違法なものに当たるものではないと判断。

(3)主観的意図

さらに、被告写真については、それらの撮影時期が明記されていることからすると、被告において原告が主張するような先駆者としての利益を害する主観的な意図があったと認めることはできないと判断。

結論として、原告の被告による法的保護に値する利益の侵害の不法行為の成立は否定されています(60頁以下)。

   --------------------

■コメント

判決文を検討するにあたり、原告書籍と被告書籍を実際に手に取り、比較して眺めてみました。
原告丸田祥三さんのこれらの書籍に掲載された作品は、モノクロで粒子が粗く、また24ミリなどの広角レンズを利用していて独特のパースペクティブ、被写体の毀棄感、哀愁感が伝わります。
これに対して被告小林伸一郎さんの作品はカラーで6×6(ブローニ版)や4×5版が利用され緻密、独特の色調も相まってシュルレアリスムの雰囲気すら感じさせるものでもありました。

この小林さんの写真、写真集からは丸田さんの作品のエッセンスを感じることは、全くありませんでした。この点で裁判所が翻案権侵害性を否定した結論については私は妥当であると考えます。
また、不正競争防止法による不正競争行為規制でもカバーできない事業者間での一般不法行為論についても、先行者の営業上の利益が保護される場合があり得るところですが、判決文を読む限りでは棄却の判断も仕方がないかと思った次第です。

本判決が出る前に原告側代理人に就かれておいでの小倉秀夫先生に今回の訴訟について少しお話を伺う機会があり、先生のお話からはクリエイターの思いを真摯に受け止める姿が強く伝わってきました。結論としては棄却の判断でしたが、著作権法がご専門の小倉先生が本件を担当されていることで争点としては漏れなく取り上げられたのではないかと思われます。

写真著作物の類否が争点となった先例としては、みずみずしい西瓜写真事件があります(東京高裁平成13年6月21日平成12(ネ)750著作権侵害差止等請求控訴事件、最決平成14年6月27日平成13(オ)1391、(受)1362 上告棄却、上告不受理)。ここでは、西瓜(切ったものや丸のままのもの)、西瓜の蔓、ブロック状の氷、籐の籠、背景としての青といった素材が用いられており、日常生活の中によく見られるありふれたものばかりで構図ができあがった写真著作物の類否が問題となりました。

東京高裁判決では、

『写真著作物において,例えば,景色,人物等,現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように,被写体自体に格別の独自性が認められないときは,創作的表現は,撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから,写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては,被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず,事実上,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。
 しかしながら,被写体の決定自体について,すなわち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である。写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。』 (8頁以下)

と説示されており、被写体として切り取る風景の選択自体に独自性が認められる場合はその選択自体に一定の意味付けがされ、具体的な表現を検討するに際しての判断の一要素となってくることになりますが、今回の東京地裁の判決では「廃墟」という被写体の選択や構図、撮影方向自体に特段の意味付けをすることを認めませんでした。

風景写真では、その場に立てば撮影者としてはどうしても同じ被写体や似た構図、アングルを選択することになることが避けられない(選択の幅が狭い)わけで、他者の表現の自由との兼ね合いからできるだけ著作権同士の衝突を避けようとする東京地裁の政策的価値判断も理解できます。ただ、反面で構図や撮影方向は風景写真のエッセンスに関わる部分なだけに、本判決で写真著作物特有の創作性や類似性判断の視点に言及していない点はなお検討の余地を残すものとなっています。

アイデアと表現の連続性(アイデア・表現二分論)を考えさせる事案としては、最近の裁判例として昨年の箱根富士屋ホテル事件(一審で著作権侵害性一部認容の結論が控訴審で覆った)がありましたが、廃墟写真事件でもその区別が難しいこと(アイデアと表現の結びつきが強い場合、アイデアを利用しているにすぎないと言って良いのか、あるいは表現を利用していると言えるのか)を印象付ける、さらに創作性と類似性判断の関係性を考えさせる事案となりました。

朽ち果てた新幹線0系電車の写真(「棄景−廃墟への旅」収録)などはインパクトがあって、「廃墟写真といえば、丸田さんのこの写真」と、私の記憶に深く刻まれています。この先10年、20年経過すれば「雑音」は雲散霧消、作品の価値だけが残ります。作品の真価については、あとは歴史が判断するのではないでしょうか。なお、丸田さんはご自身のブログ記事によると、控訴の手続きをとられるようです。

   --------------------

■過去のブログ記事

2010年2月8日記事
「箱根富士屋ホテル物語」事件(原審)
2010年7月23日記事
「箱根富士屋ホテル物語」事件(控訴審)

   --------------------

■参考判例

江差追分事件
最高裁平成13年6月28日平成11(受)922損害賠償等請求事件

みずみずしい西瓜写真事件
東京高裁平成13年6月21日平成12(ネ)750著作権侵害差止等請求控訴事件
別紙1(画像)

写真を巡る過去の裁判例一覧(弊サイト)
写真の著作権

   --------------------

■参考サイト

原告丸田祥三氏のサイト
風景剽窃裁判/写真家・小林伸一郎氏を盗作で提訴いたしました・・・Yahoo!ブログ

原告丸田祥三氏のツイッター
丸田祥三(malta_shozo)

被告小林伸一郎氏のサイト
写真家小林伸一郎 オフィシャル ブログ 写真著作権訴訟等(勝訴)のご報告 小林伸一郎

企業法務戦士の雑感(2010年1月8日記事)
「権利」で勝てないもどかしさ

   --------------------

■参考文献

三浦正広「著作権法によるアイデアの保護−アイデア・表現二分論の批判的考察」『著作権法と民法の現代的課題−半田正夫先生古稀記念論集』(2003)88頁以下
上野達弘「ドイツ法における翻案−「本質的特徴の直接感得」論の再構成−」『著作権研究』34巻(2008)28頁以下
written by ootsukahoumu at 12:31│TrackBack(0)知財判決速報2010 

トラックバックURL