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2010年09月24日

映画「やわらかい生活」脚本事件−著作権 出版妨害禁止等請求事件判決(知的財産裁判例集)−

最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

映画「やわらかい生活」脚本事件

東京地裁平成22.9.10平成21(ワ)24208出版妨害禁止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 岡本岳
裁判官      鈴木和典
裁判官      寺田利彦

*裁判所サイト公表 2010.9.14
*キーワード:二次的著作物、共同著作物、権利濫用、不法行為、原作使用許諾契約

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■事案

映画の原作者である小説家に対して映画の脚本を制作した脚本家とシナリオ作家協会が協会刊行の「年鑑代表シナリオ集」への脚本の掲載を妨害しないよう求めた事案

原告:脚本家X
   (社)シナリオ作家協会
被告:小説家

映画:「やわらかい生活」
原作:「イッツ・オンリー・トーク」

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法28条、65条3項、民法709条

1 「年鑑代表シナリオ集」収録、出版についての合意の有無
2 不法行為の成否

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■事案の概要

『被告の著作に係る小説「イッツ・オンリー・トーク」(以下「本件小説」という。)を原作とする映画の製作のために原告X(以下「原告X」という。)が執筆した別紙著作物目録記載の脚本(以下「本件脚本」という。)を原告社団法人シナリオ作家協会(以下「原告協会」という。)の発行する「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版しようとしたところ,被告から拒絶されたが,被告の拒絶は「一般的な社会慣行並びに商習慣等」に反するもので,上記小説の劇場用実写映画化に関して締結された原作使用許諾契約の趣旨からすれば,本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて原告らと被告との間に合意が成立したものと認められるべきであるとして,原告らが,被告に対し,上記合意に基づき,本件脚本を別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に収録,出版することを妨害しないよう求め,原告協会が,被告に対し,本件脚本を本件書籍に収録,出版するに当たって被告に支払うべき著作権使用料が3000円(本件書籍の販売価格相当額)であることの確認を求めるとともに,被告が本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することを違法に拒絶したため原告らが精神的苦痛を受けたとして,原告ら各自が,被告に対し,不法行為による損害賠償請求として,慰謝料及び弁護士費用合計400万円のうち各1円及びこれに対する不法行為の後である平成21年8月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案』(2頁)

<経緯>

H15.7  脚本家Xが映画監督A、映画プロデューサーBと映画共同
        製作を企画
H15.9  Bの所属会社と被告の本件小説を管理している文藝春秋と
        著作権使用予約完結権契約締結
H16.11 さらに原作使用許諾契約締結
H17.2  映画完成
H18.6  国内一般劇場で公開
H19.9  原告協会刊行の「シナリオ集」に本件脚本の収録を断念
H20.11 原告協会側が文藝春秋に掲載許諾の申入れ
        被告は許諾せず
H21.7  脚本家Xとシナリオ作家協会が本訴提起

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■判決内容

<争点>

1 「年鑑代表シナリオ集」収録、出版についての合意の有無

(1)原作使用許諾契約の効力は被告にも及ぶか

本件原作使用許諾契約は、原作の版権を管理する文藝春秋社と映画プロデューサーBの所属会社(映画製作プロダクション)との間で締結されたもので、被告である小説原作者と原告らが直接当事者となっている契約ではありませんでした。この点について、被告は原告らと被告との間でこの契約の規定は拘束力を持つものではないと反論しました。

この点、裁判所は、被告は文藝春秋社との間で本件小説について使用許諾に関する業務委託契約を締結していること、また本件原作使用許諾契約締結を承諾していることから、被告は文藝春秋社に許諾権限を授与しており、その権限に基づいて締結された同契約の効力は被告に対して及ぶと判断しました(25頁以下)。

(2)原告らが本件原作使用許諾契約3条5項を根拠として主張できるか

文藝春秋社と映画プロデューサーB所属会社である映画製作プロダクション会社(ステューディオスリー)との間で締結された本件原作使用許諾契約3条5項は、以下のような内容でした。

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5 ステューディオスリーは,あらかじめ文藝春秋の書面による合意に基づき,別途著作権使用料を支払うことによって,次の各号に掲げる行為をすることができる。
 ただし,文藝春秋は,一般的な社会慣行並びに商慣習等に反する許諾拒否は行わない。
((1),(2)号省略)
(3)本件映画をビデオ・グラム(ビデオテープ・LD・DVD)として複製し,頒布すること。
(4)本件映画をテレビ放送すること。
(5)本件映画を放送衛星又は通信衛星で放送すること。
(6)本件映画を有線放送すること。
(7)将来開発されるであろう新しいメディアを含め,既存のメディア
(例えば,CD−ROM,ビデオCD,フォトCDなどのデジタル系の媒体を含む。)をもって本件映画の二次的利用をすること。
 ただし,本項第(2)号から第(6)号を除く。
(8)本契約に基づき作成された脚本の全部若しくは一部を使った,又は本件映画シーンを使用した出版物を作成し,複製,頒布すること。
(以下省略)


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原告らは、3条5項(8)の脚本の出版において、同項但書「一般的な社会慣行並びに商慣習等に反する許諾拒否は行わない」に違反する被告の許諾拒否(権利濫用、信義則違反)があり、こうした被告の対応は、結果として二次的利用に関する黙示の意思表示による承諾等があったと考えることができると主張しました(10頁以下)。

この点について、裁判所は、本件原作使用契約3条5項は映画製作プロダクション会社が本件映画や脚本の二次的利用をする場合についての規定であって、契約当事者ではない脚本家やシナリオ作家協会である原告らが二次的利用の許諾に関する規定である同項により被告に対して二次的利用の許諾を求めることはできないと判断しています(26頁)。

(3)付言(著作権法65条3項類推適用の可否)

なお、原告らが本件脚本(二次的著作物)の利用については、共同著作物に関する著作権法65条3項(共有著作権の行使の際の「正当な理由」)の規定の類推適用の余地があると主張した点(9頁)について、念のため付言として裁判所の判断が示されています。

この点について、裁判所は、二次的著作物(著作権法2条1項11号)と共同著作物(同12号)の著作権法における区別の趣旨から、65条3項の規定を二次的著作物の原作者に対して安易に類推適用することを否定しています(26頁以下)。

結論として、脚本の出版についての合意成立の前提が欠けるとして、同合意に基づく原告の請求は否定されています。

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2 不法行為の成否

原告らは、被告が本件映画の製作やそのDVD化、テレビ放送等については許諾しているのに、本件脚本の出版についてのみ許諾しないのは不当であるとして、不法行為の成立を主張しました。
しかし、裁判所は、被告が本件脚本について当初から一貫した態度で意に沿わないものであることを示している点などを勘案して、原著作物の著作者として有する正当な権利の行使にすぎないとして、不法行為の成立を否定しています(27頁以下)。

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■コメント

映画原作者である小説家とその映画用脚本の脚本家との間の争いで原作使用許諾契約書の文言解釈(契約論)と不法行為論が争点となっています。
脚本の出来について、準備稿、第二稿、撮影後の編集作業中と、原作者と関係者の間で厳しいやりとりがあったことが伺えます(18頁以下)。
特に、原作者が映画のエンディングのクレジットで原作者名の表示を禁止したことや映画に関する販促に一切協力しないといった点(21頁、23頁以下参照)から、原作者の脚本に対する不満が強く伝わってきます。
原作の版権を管理する文藝春秋社としては、原作者の意向に反する対応ができないところですし、契約論としては、原作使用許諾契約の内容からしても契約当事者ではない原告らが原作者を直接縛れる訳ではないですし、出版に関して強制するまでに具体的な内容でもありません。

脚本の出版は華々しい映画の二次利用の中において最も地味なものである。しかし、脚本こそ映画製作の要となる最も重要なものである。その脚本を、後世に残すことを目的とする年鑑代表シナリオ集に収録することは脚本家にとっては最も大切なことである。このような大切な権利の実現を、原作者の恣意と契約違反に弄ばれて妨害されることがないようにしたい、これが本裁判の目的である。」(後掲代理人弁護士のサイトの「本件事件の概要と本質(訴状の冒頭より)」より)

 私は、自分の書いたシナリオがなぜ公表できないのかという素朴な疑問と怒りを「年鑑代表」掲載拒否に覚えましたが、それ以上にこれから脚色(原作付きの脚本)の仕事をする場合に、まず目指すことが、いいシナリオを書くではなく、原作者が気に入るシナリオを書くになってしまうことに絶望を感じました。悪いシナリオからいい映画ができることは決してあり得ないが、いいシナリオから悪い映画ができることはしばしばある、とは私たち、脚本家の間ではよく言われていることです。そのいいシナリオかどうかが原作者の私意、あるいは恣意に委ねられてしまうというのでは、シナリオの未来、映画の未来は絶望的だと言わざるを得ません。
 シナリオは原作のためではなく、映画のために書かれるものです。そこが分らない原作者は、映画化の申し入れを拒絶するべきだと思います。
」(原告荒井陳述書PDFより)

脚本家やシナリオ作家協会は図らずも訴訟という形で脚本家としての挟持を示すことになった訳ですが、不法行為論でも裁判所にその思いは容れられませんでした。

二次的著作物の利用関係として残念な結末を迎えた事案としては、本判決でも引用するキャンディ・キャンディ事件(最高裁平成13年10月25日判決平成12(受)798出版差止等請求事件)がありました。その控訴審では、漫画の物語作者と絵画作者との関係における二次的著作物の利用関係について著作権法65条3項の類推適用の余地に言及していましたが、今回の判決ではその点が明確に否定されています(学説上類推適用肯定説として、斉藤後掲書、辻田後掲論文。否定説として、中山後掲書、渡邉後掲論文)。

今回の事案も原著作物と二次的著作物の緊張関係、相克を前にして多くのことを考えさせられる事案でした。
脚本家、協会の方々にあっては、契約書にそのスタンスを明示させる努力が今後も続くものと思われます。

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■参考サイト

社団法人シナリオ作家協会
出版妨害禁止等請求事件
判決正本PDF
原告側代理人弁護士柳原敏夫先生のサイト(訴訟関係資料など掲載)
荒井VS絲山出版妨害禁止請求事件
社団法人シナリオ作家協会前会長加藤正人陳述書PDF
(2009/07/14 20:05 共同通信)
絲山氏に出版拒否不当と1円請求 「やわらかい生活」脚本 - 47NEWS(よんななニュース)

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■参考文献

松村信夫「二次的著作物の利用に関する原著作物の著作者の権利-キャンディ・キャンディ事件」『小野昌延先生喜寿記念 知的財産法最高裁判例評釈大系3』(2009)370頁以下
斉藤 博『著作権法第三版』(2007)187頁以下
辻田芳幸「二次的著作物における原著作者関与の構図」『著作権法と民法の現代的課題 半田正夫先生古稀記念論集』(2003)209頁以下
中山信弘『著作権法』(2007)131頁以下
中山信弘「原作者の権利が及ぶ範囲 キャンディ・キャンディ事件:上告審」『著作権判例百選第四版』(2009)114頁以下
渡邉文雄「長編連載漫画における原作者の権利範囲と著作権法28条−キャンディ・キャンディ事件−」『知的財産法政策学研究』17号(2007)175頁

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■追記(2010.9.26)

企業法務戦士の雑感
■[企業法務][知財]「二次的」ゆえの限界。


■追記(2010.10.1)

ある作家の著作権管理団体側のかたと今回の事案について話題にする機会がありました。その人曰く、
「大御所の作家だったら、脚本家は同じ対応をしたのか?新人だから舐められたのではないか。月刊「シナリオ」に原作者に無許諾で脚本を掲載すること自体、おかしいではないか。・・・ただ、今回の訴訟で脚本が原作の二次的著作物であること、お互いよくよく話合いをしながら進めないといけないことを知らしめた点では意義があることだった。」
written by ootsukahoumu at 05:08│TrackBack(0)知財判決速報2010 

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