最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「北朝鮮の極秘文書」図書館蔵本事件(控訴審)

知財高裁平成22.8.4平成22(ネ)10033損害賠償等請求控訴事件PDF

知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官      本多知成
裁判官      荒井章光

*裁判所サイト公表 2010.8.6
*キーワード:貸与権、侵害みなし行為、著作者人格権、一般不法行為性

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■事案

大学図書館などで収蔵している韓国版海賊本の閲覧、謄写、貸与が著作権や著作者人格権を侵害するかどうかが争われた事案の控訴審

原告(控訴人) :フリージャーナリスト
被告(被控訴人):大学ら

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■結論

控訴棄却

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■争点

条文 著作権法26条の3、113条1項2号、19条、20条、民法709条

1 本案前の抗弁の成否
2 著作権侵害の成否
3 著作者人格権侵害の成否
4 差止請求等の可否
5 一般不法行為の成否・損害額

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■事案の概要

『控訴人が,大韓民国の出版社である高麗書林が出版した韓国語の書籍である原判決別紙文献目録記載2の本件韓国語著作物が控訴人による同目録記載1の控訴人著作物に係る著作権を侵害するものであることを前提として,大学又は日韓の人的・文化交流事業を目的とする財団法人である被控訴人らに対して』差止請求、損害賠償請求等を行う事案(2頁以下)

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■判決内容

<争点>

1 本案前の抗弁の成否

被告大学側は、原告が一時は挙げていた複製権侵害(21条)に基づく主張を撤回し、貸与権侵害(26条の3)のみを原審で主張していたにもかかわらず、控訴審で複製権侵害等を主張することは時機に後れた攻撃防禦方法の提出に当たるとして、その却下を求めました。
しかし、裁判所は主張の追加により著しく訴訟手続を遅延させることや訴訟の完結を遅延させることになるともいうことはできないとして、大学側の主張を採用していません(9頁以下)。

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2 著作権侵害の成否

(1)貸与権、複製権侵害の成否

原審同様、貸与権侵害は認められていません。また、図書館等での複製は、31条1項(図書館等における複製)の権利制限規定に該当し違法なものということはできないとして複製権侵害も否定しています(11頁以下)。

(2)113条1項2号(侵害みなし行為)該当性

原審では、原告が別訴において本件韓国語著作物の著作権侵害性を争っているという事情を被告らは認識してはいるものの、本件韓国語著作物を原告の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものと認めることはできないとして、侵害みなし行為性(著作権法113条1項2号)の点につき裁判所は「付言」として否定していました。

控訴審では、「情を知って」の意義について、

著作権法113条1項2号の「情を知って」とは,取引の安全を確保する必要から主観的要件が設けられた趣旨や同号違反には刑事罰が科せられること(最高裁平成6年(あ)第582号同7年4月4日第三小法廷決定・刑集49巻4号563頁参照)を考慮すると,単に侵害の警告を受けているとか侵害を理由とする訴えが提起されたとの事情を知るだけでは,これを肯定するに足らず,少なくとも,仮処分,判決等の公権的判断において,著作権を侵害する行為によって作成された物であることが示されたことを認識する必要があると解されるべき』(15頁以下)

とした上で、本件においては本判決以前にそのような公権的判断が示された事情はうかがわれないとして、侵害みなし行為性を否定しています。

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3 著作者人格権侵害の成否

原審同様、著作者人格権侵害性(20条、19条1項)の成立も否定されています(16頁以下)。

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4 差止請求等の可否

大学側が直接的に侵害する主体と認められる者ではなく、また113条の侵害みなし行為に該当しない著作権等侵害の幇助者にすぎない者への差止等請求は法的安定性の点から認められないと判断しています(17頁)。

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5 一般不法行為の成否・損害額

原審同様、一般不法行為(民法709条)の成立が否定されています(17頁)。

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■コメント

原審の判断が維持された結果となっています。

侵害みなし行為(113条1項2号)の「情を知って」知情要件については、直接侵害者の事案としてはシステムサイエンス事件(東京地裁平成7.10.30)、ラストメッセージIN最終号事件(東京地裁平成7.12.18)、ダリ展覧会カタログ事件(東京地裁平成9.9.5)、四谷大塚四進レクチャー事件(東京高判平成10.2.12)など、仮処分決定や未確定の第一審判決等の中間的判断を含めた公権的判断の存在を知っている点に言及されたものがありますが、今回の事案のように幇助者的関わりでの知情要件として、知財高裁が公権的判断の認識を要求した点が参考になるものと思われます。

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■過去のブログ記事

原審に関する記事(2010年4月10日)
「北朝鮮の極秘文書」図書館蔵本事件

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■参考判例

著作権法違反、猥せつ図画頒布、同所持事件(海賊版ビデオ事件)
最高裁平成7.4.4平成6(あ)582決定PDF

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■参考文献

三山裕三『第8版 著作権法詳説-判例で読む16章』(2010)494頁
著作権法コンメンタール3』(2009)404頁以下
知的財産法最高裁判例評釈大系3』(2009)156頁以下
四谷大塚四進レクチャー事件(東京地裁平成8.9.27判決)について、
辻田芳幸「著作権法113条のいわゆる「知情の要件」に関する一事例」『清和法学研究』(1997)3巻2号132頁以下