最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「箱根富士屋ホテル物語」事件(控訴審)

知財高裁平成22.7.14平成22(ネ)10017等著作権侵害差止等反訴請求控訴事件PDF

知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官      高部眞規子
裁判官      井上泰人

*裁判所サイト公表 2010.7.16
*キーワード:創作性、複製権、翻案権、アイデア表現二分論、氏名表示権、同一性保持権、出版社の責任

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■事案

現職神奈川県知事が執筆した書籍の記述部分の複製権、翻案権侵害性が争点となった事案の控訴審

原告(非控訴人兼附帯控訴人):著述業
被告(控訴人兼附帯被控訴人):神奈川県知事、出版社

原告書籍:「箱根富士屋ホテル物語【新装版】」(2002)
被告書籍:「破天荒力 箱根に命を吹き込んだ「奇妙人」たち」(2007)

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■結論

被告敗訴部分取消し/附帯控訴棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、15号、21条、27条、19条、20条、112条1項、114条3項

1 複製権又は翻案権侵害の成否
2 氏名表示権及び同一性保持権侵害の成否

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■事案の概要

『原判決別紙書籍目録2記載の書籍(以下,「被控訴人書籍」といい,原判決にいう「原告書籍」を「被控訴人書籍」と読み替える。ただし,原判決と同様,「物語」ともいう。)の著作者である被控訴人が,控訴人Xが同目録1記載の書籍(以下,「控訴人書籍」といい,原判決にいう「被告書籍」を「控訴人書籍」と読み替える。ただし,原判決と同様,「破天荒力」ともいう。)を執筆し,控訴人会社がこれを発行,販売した行為が,被控訴人書籍について被控訴人が有する著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害する旨主張して,控訴人らに対し,(1)著作権法112条1項に基づく控訴人書籍の印刷,発行又は頒布の差止めと,(2)民法709条に基づく損害賠償とを求める事案』(2頁)

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■判決内容

<争点>

1 複製権又は翻案権侵害の成否

裁判所は、複製や翻案の意義について最高裁判決(ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件、江差追分事件)に言及した上で、原告と被告の各書籍記述部分の対比を検討。
各書籍記述の共通部分は、事実又は思想であったり、ごくありふれた言葉で表現されたものであるとして、表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎず複製又は翻案に当たらないと判断。侵害性を否定しています(7頁以下)。

ところで、原審では、唯一No.71部分について原告書籍記述部分の創作性を認めた上で依拠性と実質的同一性を認めて被告書籍記述部分が複製(再製)に当たると判断していました。

原告書籍記述部分
 「正造が結婚したのは,最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。」
被告書籍記述部分
 「彼は,富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」

しかし、控訴審では、

「(特定の事業又は仕事)と結婚したようなもの」との用語は,特に配偶者との家庭生活を十分に顧みることなく特定の事業又は仕事に精力を注ぐさまを比喩的に表すものとして広く用いられている,ごくありふれたものといわなければならない。しかも,「だったのかもしれない」との用語も,特定の事実に関する自己の思想を婉曲に開陳する際に広く用いられている,ごくありふれた用語である。』(12頁以下)

として、創作性を否定しています。

なお、事実の取捨選択、配列等に関する複製又は翻案(別紙対比表2、3、章全体)についても裁判所は侵害性を否定する判断をしています(15頁以下)。

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2 氏名表示権及び同一性保持権侵害の成否

被告書籍が原告書籍の複製又は翻案したものにあたらないと判断されたことから、著作者人格権侵害性についても否定されています(33頁)。

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■コメント

原審では、本文239頁の書籍のわずか2行のごく短い文章(ページ数で言えば、1/239=0.4%にあたる部分)について、著作権侵害、著作者人格権侵害が認められていましたが、控訴審ではこの点も否定され松沢知事完全勝訴となりました。

詳しくは、下記の企業法務戦士の雑感さんのブログをご覧戴けたらと思いますが、アイデアと表現の関わり合いを考えさせる事案でした。

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■過去のブログ記事

原審記事(2010年2月8日)
「箱根富士屋ホテル物語」事件

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■参考判例

原審
判決文PDF

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■参考サイト

企業法務戦士の雑感(2010−07−15記事)
[企業法務][知財]一審判決取消は妥当。だが・・・