最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「暁の脱走」格安DVD事件(対東宝)控訴審

知財高裁平成22.6.17平成21(ネ)10050著作権侵害差止等請求控訴事件PDF

知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官      東海林保
裁判官      矢口俊哉

*裁判所サイト公表 2010.6.21
*キーワード:映画の著作物、著作者、旧著作権法、保護期間、過失論

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■事案

「暁の脱走」「また逢う日まで」「おかあさん」映画作品の保護期間を巡り、映画の著作者が各監督なのか映画会社であるのかが争われた事案の控訴審

原告(被控訴人):東宝株式会社
被告(控訴人) :格安DVD製造販売会社

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■結論

一部取消し、取消し部分請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項2号、21条、113条1項1号、旧法6条、民法709条

1 各映画の著作権の存続期間の満了時期
2 原告は各映画の著作権を有するか
3 被告の侵害行為の有無
4 被告の故意又は過失の有無

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■事案の概要

『本件は,映画の著作物の著作権を有すると主張する被控訴人(1審原告。以下「原告」という。)が,控訴人(1審被告。以下「被告」という。)に対し,被告が同映画を複製したDVD商品を海外において作成し,輸入・販売しており,被告の同輸入行為は原告の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)として,著作権法112条1項及び2項に基づき同DVD商品の製造等の差止め及び同商品等の廃棄を求めるとともに,民法709条及び著作権法114条3項に基づき損害賠償金1350万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年5月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案』(1頁以下)

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■判決内容

<争点>

1 各映画の著作権の存続期間の満了時期

原判決部分を引用してその判断を維持しています(9頁以下)。
結論として、本件各映画の著作権は存続していると判断されています(旧著作権法3条、52条1項等)。

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2 原告は各映画の著作権を有するか

本件各映画の著作権は、本件各監督を含む多数の自然人に発生したとした上で、映画監督に限っては映画公開までの間に原告又は新東宝に対し監督を務めることとなった法律関係に基づいて、自己に生じた著作権を譲渡したものと認定することができると判断。
結論としては、原告が各映画の著作権を取得していると判断しています(13頁以下)。

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3 被告の侵害行為の有無

原判決部分を引用してその判断を維持しています(21頁以下)。
結論として、本件DVDの製造、輸入、頒布の差止、在庫品及び原版の廃棄が認められています(112条1項、2項)。

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4 被告の故意又は過失の有無

控訴審は、原審に反して被告業者の過失を否定しています(23頁以下)。

映画の著作物の著作権の存続期間が満了しているかどうか、業者は一般論として調査義務を負うことを認めつつも、高度の注意義務や特別の注意義務を負っているということはできないと説示。
旧著作権法における映画の著作物の著作者性については学説が分かれていること、また本論点については黒澤明監督作品事件をきっかけとして問題認識が本格的に提起されたこと、チャップリン監督作品事件と黒澤監督作品事件とでは、黒澤監督作品事件は黒澤監督以外に著作者が想定される点で最高裁判例の射程距離が大きく判断も難しい事件である。そして、本件各監督は、黒澤監督作品よりその著作者性はさらに低い。

そうであるとすれば,本件において,何人が著作者であるか,それによって存続期間の満了時期が異なることを考えれば,結果的に著作者の判定を異にし,存続期間の満了時期に差異が生じたとしても,被告の過失を肯定し,損害賠償責任を問うべきではない。原判決は,被告のような著作権の保護期間が満了した映画作品を販売する業者については,その輸入・販売行為について提訴がなされた場合に,自己が依拠する解釈が裁判所において採用されない可能性があることは,当然に予見すべきであるかのような判断をするが,映画の著作物について,そのような判断をすれば,見解の分かれる場合には,裁判所がいかなる見解を採るか予測可能性が低く,すべての場合にも対処しようとすれば,結果として当該著作物の自由利用は事実上できなくなるため,保護期間満了の制度は機能しなくなり,本来著作権の保護期間の満了した著作物を何人でも自由に利用することを保障した趣旨に反するものであり,当裁判所としては採用することはできない。』(24頁以下)

として、損害賠償請求を否定しています。

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■コメント

著作権保護期間満了映画作品の格安DVD事件で業者側の過失が否定されたケースとなります。知財高裁がパブリックドメイン(PD)作品の有効活用といった、著作権法の保護期間制度の趣旨を強調している点が印象的な判決です。

同一被告に対する訴訟は多数(最高裁サイト内検索で13件)あって、損害賠償請求を内容とする訴訟では、すべて被告の過失が認定され損害賠償が認められていました。知財高裁第2部(中野裁判長)担当の損害賠償請求附帯控訴事件でも過失が認定されています(下記の対松竹控訴審)。

本件の原審では、
(1)法的解釈が分かれていて確定した判例がない状況では、自らが依拠する解釈が裁判所において採用されない可能性のあることを当然に予見できる
(2)映画の著作物の著作者が自然人となり得、保護期間が死後38年間となり得ることも理解し得た
(3)専門家等の第三者に意見を求めるなど何ら調査をしなかった

といった諸点から被告の過失を認めていましたが、控訴審では、被告にとって酷であること、また保護期間満了制度の趣旨の尊重から、過失を否定する結論を採っています。

著作者が1人だけということが明白なチャップリン監督作品の場合と比較して著名な黒澤明が監督の場合と、有名な監督ではあるが黒澤監督よりネームバリューの低い谷口千吉、今井正、成瀬巳喜男の各監督の場合とで映画の著作物の著作者性判断に違いを認め、その点を過失の判断においてどう評価していくべきかについては議論が残りそうです。

いずれにしろ本件の控訴審では弁護士が辞任し、新たな訴訟代理人が委任されず、被告代表者は手術を伴う入院加療という事態(13頁)もあってでしょうか、知財高裁第1部(塚原裁判長)としては、歴史の評価に耐えられる審理を希求したとも感じられる判決内容ではありました。

【損害賠償を内容とする訴訟の結果】

チャップリン「モダンタイムス」事件
東京地裁平成19.8.29平成18(ワ)15552 過失肯定
知財高裁平成20.2.28平成19(ネ)10073  原審維持
最高裁平成20.10.8平成20(受)889

黒澤明監督作品格安DVD事件(対松竹)(損害賠償請求附帯控訴)
知財高裁平成21.1.29平成20(ネ)10025等 過失肯定

黒澤明監督作品格安DVD事件(対角川)
東京地裁平成21.4.27平成20(ワ)6848  過失肯定
知財高裁平成21.9.15平成21(ネ)10042 原審維持

格安DVD事件(対東宝)
「暁の脱走」(谷口千吉監督)「また逢う日まで」(今井正監督)
「おかあさん」(成瀬巳喜男監督)
東京地裁平成21.6.17平成20(ワ)11220 過失肯定
知財高裁平成22.6.17平成21(ネ)10050 過失否定(本件)
「姿三四郎」(黒澤明監督)
東京地裁平成21.7.31平成20(ワ)6849  過失肯定

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■過去のブログ記事

原審(2009年7月21日記事)
「暁の脱走」格安DVD事件(対東宝)

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■参考文献

旧法下における著作者の意義などの論点に関する知財高裁の見解について、
吉田正夫、狩野雅澄「旧著作権法下の映画著作物の著作者の意義と保護期間-チャップリン映画DVD無断複製頒布事件及び黒澤映画DVD無断複製事件の知財高裁判決-」『コピライト』573号(2009)30頁以下