最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

がん闘病記事件

東京地裁平成22.5.28平成21(ワ)12854損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 岡本 岳
裁判官      鈴木和典
裁判官      坂本康博

*裁判所サイト公表 2010.5.31
*キーワード:許諾、引用、改変、複製権、公衆送信権、プライバシー、名誉

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■事案

患者のがん闘病体験記を無断で担当医師がクリニックホームページに転載利用したかどうかが争われた事案

原告:患者
被告:医師

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法32条、19条、20条、21条、114条3項

1 本件転載についての原告の許諾の有無
2 本件転載は引用に当たるか
3 著作者人格権侵害の成否
4 プライバシー及び名誉権侵害の成否
5 損害論

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■事案の概要

本件は,月刊誌に記事を連載していた原告が,同記事の一部を被告が自己のホームページ上に無断で転載(一部は改変の上,転載)したことによって財産的損害及び精神的損害を受けたとして,被告に対し,不法行為((1)著作権〔複製権,公衆送信権〕侵害,(2)著作者人格権〔氏名表示権,同一性保持権〕侵害,(3)プライバシー侵害,(4)名誉毀損)による損害賠償請求(一部請求)として,損害合計1480万円のうち1250万円及びこれに対する不法行為の後である平成21年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案(1頁以下)

<経緯>

H14.6   原告に末期の子宮頸がん発見
H16.4.21原告が被告クリニックで初診
H17.3   被告クリニックのHP開設
H18.1   原告が「がん闘病マニュアル」執筆開始
H18.8   月刊誌「がん治療最前線」(10月号)から20回連載
H19.8   被告クリニックのHPに被告記事を転載開始(8件)
H20.9.16原告が被告に転載中止通知
H21.9.22原告が「がん『余命半年』からの生還 患者と家族のための実践マニュアル」刊行

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■判決内容

<争点>

1 本件転載についての原告の許諾の有無

原告である元がん患者の闘病体験記について、被告クリニックのHPへの転載に関して被告医師が原告の許諾を得ていたかどうかが争点となりました。
結論としては、被告医師が原告患者から許諾を得ていた事実は認められていません(13頁以下)。

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2 本件転載は引用に当たるか

本件転載が引用(著作権法32条1項)にあたるかどうかについて、裁判所は、パロディ写真事件最高裁判例(最判昭和55.3.28)を前提に利用する側に著作物性、創作性が認められなければならないとして本件転載に係る記事について検討しています(14頁以下)。
いずれの転載記事も冒頭の題号の下に1文から2文といった短文で構成される被告の導入文があり、以下原告記事が数頁にわたって掲載されるという体裁であり、被告の導入文部分は著作物性、創作性がないか、あるいは仮に著作物性、創作性があるとしても主従関係性が認められないと判断。
結論として、本件転載は32条1項の引用として適法とはいえないとしています。

以上から、原告からの許諾が無く、また引用にもあたらないことから、本件転載は複製権、公衆送信権侵害に当たることと判断されています。

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3 著作者人格権侵害の成否

被告クリニックのHPに転載された記事では、執筆者が原告の変名(ニックネーム)として「子パンダ」と表示されている点について氏名表示権(19条1項)侵害が認められ、また、原告記事のリード文と本文が転載によって分断されリード文を切除し、本文のみ転載されていた点について同一性保持権(20条1項)侵害が認められています(15頁以下)。
なお、転記の際の明らかな誤記(「白血球が2000以下で」が「白血球が200以下で」)やわずかな相違(「5分間」と「5分」)は改変にあたらないと判断されています。
さらに、本件記事に使用されていた写真が転載されていませんでしたが、この点については、やむを得ない改変(20条2項4号)にあたるとされています。

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4 プライバシー及び名誉権侵害の成否

記事転載により原告の病歴が公開されたとして、原告はプライバシー侵害を主張しましたが、原告自身が本件記事において詳細に公開していることから、本件転載によってプライバシー侵害されたと認めることはできないと判断されています。
また、本件転載が被告に都合の良い部分だけ取捨選択されており、「医師のちょうちん持ち」の印象を与えるとして原告の名誉が侵害されたと原告は主張しましたが、この点も裁判所に容れられていません(17頁以下)。

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5 損害論

(1)財産的損害

使用料相当額(114条3項)として、記事1頁1万2000円×掲載頁数18頁=21万6000円が認定されています(18頁以下)。

(2)精神的損害

著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)侵害について、15万円が慰謝料として評価されています。

(3)弁護士費用

5万円

以上合計41万6000円と判断されています。

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■コメント

病院の待合室に行くと、新聞や雑誌に掲載されたインタビュー記事などが無造作に掲示板に表示されていて別な意味で不安になることがありますが、患者さんの闘病手記をクリニック側が利用する際には明示の許諾を得ておく必要があるという基本的なことが再認識される事案でした。
ただ、被告医師の治療を受けて末期がんが寛解していること、元々の本件記事には担当医のコメントも含まれる構成(6頁参照)で手記作成に被告が協力していたことなどを勘案すれば、本件提訴に至る経緯(不誠実な対応 10頁)や転載の体裁(医療現場批判記事から「医師のちょうちん持ち」記事への変容 8頁)などに患者・執筆者としてよほど腹を据えかねる部分があったのかと思うところです。

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■参考判例

引用の要件について、パロディ写真事件(第一次上告審)
最判昭和55.3.28昭和51(オ)923損害賠償

誤植と改変について、法政大学懸賞論文事件
東京地裁平成2.11.16昭和61(ワ)2867
東京高裁平成3.12.19平成2(ネ)4279