最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

駒込大観音像仏頭部原状回復事件(控訴審)

知財高裁平成22.3.25平成22(ネ)10047著作権侵害差止等請求控訴事件PDF

知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官      大須賀滋
裁判官      齊木教朗

*裁判所サイト公表 2010/3/25
*キーワード:著作者性、同一性保持権、改変、著作者人格権みなし侵害、名誉声望回復措置、謝罪広告、展示権

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■事案

観音像の仏頭部を無断ですげ替えて公衆の観覧に供したとして、遺族が著作者人格権侵害などを争った事案の控訴審

原告(控訴人兼被控訴人):彫刻家兼仏師
被告(被控訴人兼控訴人):寺院
被告(被控訴人)      :仏師

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法14条、20条、25条、60条、112条、113条、115条、116条

1 原告の共同著作者性
2 亡父仏師Tの遺族としての請求の可否
3 亡兄仏師Rの遺族としての請求の可否
4 Rから相続した展示権侵害を理由とする差止請求の可否
5 原告自らの展示権侵害を理由とする請求等の可否


T:原告の父
R:原告の兄(長男)
J:原告の兄(次男)
X:原告   (三男)
Y:被告

【墨書】
本件原観音像(頭部すげ替え前)の体部(躯体部)
「大仏師 監修 T」「制作者 R J X 弟子 Y」
足ほぞ部
「監修 T」「制作者 R J X Y」

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■判決内容

<争点>

1 原告の共同著作者性

原告が求めた請求の内容及び原因は34個と多岐に亘ります。
争点とされたもののうち、原告が本件原観音像を創作したことを前提とするものとしては、原告の共同著作者性(争点1)、原告の同一性保持権侵害に基づく差止等請求の可否(争点2)、原告の115条に基づく原状回復等請求の可否(争点3)、原告の著作者人格権のみなし侵害に基づく措置請求の可否(争点4)、二次的著作物の原著作物の著作者としての展示権侵害に基づく差止等請求の可否(争点5)、原告の著作者人格権侵害及び著作者人格権のみなし侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の可否(争点6)、原告の著作者人格権侵害及び著作者人格権のみなし侵害の不法行為に基づく謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)の可否(争点8)がありました(66頁以下)。

原告が本件原観音像を創作したのかどうか、原告の創作者性(共同著作者性)がまず争点となりましたが、本件原観音像の体内(躯体部)に原告の名前が制作者の一人として墨書されていたものの、制作作業への関与が認められず14条(著作者の推定)所定の推定を覆す事実があるとして、原告を本件原観音像の共同著作者と認めることはできないとしています。
結論として、原告の上記各請求は認められていません。

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2 亡父仏師Tの遺族としての請求の可否

次に、原告の亡父仏師Tの遺族としての請求について、(1)112条、115条に基づく本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求、(2)112条、115条の適当な措置請求等による原状回復請求、(3)115条に基づく名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)、(4)Tから相続した展示権侵害を理由とする公衆の観覧に供することの差止請求(112条1項)、原状回復請求(112条2項)及び損害賠償請求の可否(争点7ないし10−Tに係る請求部分)があります(73頁以下)。

本件原観音像の体部(躯体部)の内部には「大仏師 監修 T」、同足ほぞ部には「監修 T」との墨書があり、原告はTについて14条に基づいて著作者(共同著作者)の推定がされると主張しました。
しかし、Tの認知症受症の経緯などから結論としては、Tの著作者性が認められず、原告の亡父仏師Tの遺族としての各請求は認められていません。

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3 亡兄仏師Rの遺族としての請求の可否

原告の亡兄仏師Rの遺族としての請求について、(1)112条、115条に基づく本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求、(2)112条、115条の適当な措置請求等による原状回復請求、(3)115条に基づく名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)の可否(争点7ないし9−Rの著作者人格権侵害に係る請求部分)があります(74頁以下)。

本件原観音像の制作を行った亡兄仏師Rに対する同一性保持権侵害性(20条)や著作者人格権みなし侵害性(113条6項)、60条(著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護)所定の要件該当性が争点となっています。

1.要件論

(1)改変の有無

まず、本件原観音像の仏頭部の創作性を肯定した上で、被告らによる仏頭部のすげ替え行為が改変にあたると判断しています(75頁以下)。

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(2)「意に反する・・改変」(20条1項)、「意を害しないと認められる場合」(60条但書)該当性

次に、20条1項「意に反する・・改変」該当性と60条但書「意を害しないと認められる場合」該当性が判断されています(76頁以下)。
この点について裁判所は、亡兄仏師Rが本件原観音像の完成後にその仏頭部を作り直す確定的な意図を有していたとまで認められないなどとして、結論として20条1項の意に反する改変に該当し、60条但書の著作者の意を害しないと認められる場合に当たらないとしています。

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(3)「やむを得ないと認められる改変」(20条2項4号)該当性

仏頭部のすげ替え行為が20条2項4号「やむを得ないと認められる改変」に該当するかどうかについてさらに判断がされています(78頁以下)。

被告寺院が観音像の眼差しを半眼下向きとし、慈悲深い表情とすることが信仰の対象としてふさわしいと判断したことが合理的であったとしても、その目的を実現するためには仏頭部のすげ替え行為以外に観音像全体を作り替える方法等も選択肢として考えられ、仏頭部のすげ替え行為がやむを得ない方法であったとはいえないとして、裁判所は結論として、「やむを得ないと認められる改変」該当性を否定しています。

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(4)著作者人格権みなし侵害該当性(113条6項)

被告らによる仏頭部のすげ替え行為は、亡兄仏師Rが社会から受ける客観的な評価に影響を来す行為であるとして、Rが生存しているとしたならば著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為(113条6項)に該当すると判断しています(79頁以下)。

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2.効果論

(1)名誉声望回復措置等(115条)

原告は、115条所定の名誉、声望を回復するための適当な措置として仏頭部の原状回復措置、公衆の閲覧に供することの差止め、謝罪広告等を求めました(80頁以下)。
しかし、結論としては、客観的な事実経緯を周知するための告知をすることで亡兄仏師Rの名誉、声望を回復するための措置としては十分であるとして、謝罪広告のみが認められています。

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(2)停止措置等(112条)

原告は112条1項、同2項に基づき著作者人格権侵害行為等の停止又は予防を求めましたが、115条での判断と同様これを認めていません(83頁)。

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4 Rから相続した展示権侵害を理由とする差止請求の可否

亡兄仏師Rから相続した展示権(25条)侵害を理由とする公衆の観覧に供することの差止請求(112条1項)と原状回復請求(112条2項)の可否(争点9−Rに係る請求)について、裁判所は、観音像の性質上、Rは一般的、包括的かつ永続的に承諾をした上で制作したとみるのが自然であるとして、原告の主張を認めていません(83頁以下)。

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5 原告自らの展示権侵害を理由とする請求等の可否

原告自らの展示権侵害を理由とする損害賠償請求、亡兄仏師Rから相続した展示権侵害を理由とする損害賠償請求、遺族としての深い愛着・名誉感情侵害を理由とする損害賠償請求について(争点10)、前記4と同様、被告寺院による本件観音像の展示は許されるとして、原告の主張を認めていません(84頁)。

結論として、亡兄仏師Rの遺族としての115条に基づく名誉声望回復のための請求(20条、60条、113条6項)として、別紙広告目録内容での謝罪広告だけが認められています。

 (広告の本文)

光源寺及びYは,光源寺から委託を受けて故R殿が共同して制作し,光源寺が東京文京区向丘2丁目38番22号所在の光源寺境内観音堂内に安置した木造十一面観音菩薩立像である「駒込大観音」について,光源寺においてYに対して仏頭部の再度の制作を委託し,これを受けてYにおいて仏頭部を新たに制作し,これにより光源寺においては新たに制作された仏頭部を備えた観音像を観音堂に安置し,拝観に供していること,及び故R殿の制作にかかる仏頭部も同じく観音堂に安置していることについて,故R殿の名誉・声望を回復するための適当な措置として,お知らせ申し上げます。

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■コメント

別紙写真目録より(右が頭部すげ替え前の原観音像)
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原審では仏頭部の原状回復認容、謝罪広告は棄却の判断でしたが、知財高裁は事実関係を内容とする謝罪広告だけ認めて原状回復は認めませんでした。
原状回復すると、このままでは怖い顔の原観音像全体が「お焚き上げ」焼却受難のおそれあり、と知財高裁は述べています(82頁以下)。謝罪広告の内容からすると、これからはすげ替え前の仏頭部も同じ観音堂に安置されることになりますので、知財高裁は「平成の大岡裁き」の感のある判断をしたと、母方の実家の寺の檀家相談役をしている私も本判決に得心したところです。

なお、昨年11月の著作権情報センター(CRIC)月例講演会で中村恭判事(東京地裁民事40部 当時)は、原審の115条(名誉回復等の措置)に関する解釈の先例的価値について言及されておいででした(後掲「コピライト」12頁以下参照)。

その他、60条但書「意を害しないと認められる場合」の判断の際に考慮される事情や20条2項4号との関係について、本山後掲論文4頁以下参照。
115条の構造論(趣旨、要件、効果論)について、辻田後掲論文49頁以下。なお、113条6項の侵害みなし行為の要件、効果、名誉毀損との関係について、松川後掲論文93頁以下参照。

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■過去のブログ記事

2009年6月11日記事(原審)
観音像仏頭部原状回復事件

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■参考判例

原審
東京地裁平成21.5.28平成19(ワ)23883著作権侵害差止等請求事件PDF

著作権法60条但書で検討されるべき事情について、

・ノグチ・ルーム移築事件
東京地裁平成15.6.11平成15(ヨ)22031著作権仮処分命令申立事件PDF
・「XO醤男と杏仁女」事件
東京地裁平成16.5.31平成14(ワ)26832著作権侵害差止等請求事件PDF

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■参考文献

中山信弘『著作権法』(2007)417頁
松川 実「著作権法第113条6項の意義と機能ー著作者人格権侵害とみなす行為と名誉毀損ー」『青山法学論集』49巻1号(2007)93頁以下
松田政行『同一性保持権の研究』(2006)58頁以下、262頁以下
 同   「著作者人格権の類型と射程範囲」『著作権研究』33巻(2008)61頁以下
本山雅弘「観音像の仏頭部のすげ替え行為が、著作者の死後の人格的利益の侵害に当たるとして、仏頭部の原状回復請求を認めた事例(東京地方裁判所平成21年5月28日判決」(2009/9/24掲載)
LEX/DBインターネット TKC法律情報データベース 速報判例解説PDF
岡 邦俊「続・著作権の事件簿(125) 観音仏頭部のすげ替えと著作者死亡後の人格的利益の侵害 「駒込大観音」事件(平成21.5.28東京地判) 」『JCAジャーナル』56巻7号(2009)70頁以下
辻田芳幸「著作者人格権侵害と原状回復措置請求」『名経法学』26号(2009)49頁以下
中村 恭「最近の著作権裁判例について」『コピライト』49巻586号(2010)12頁以下

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■追記(2010.12.11)

毎日新聞(2010年12月9日)
最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は12月7日付で、遺族側の上告を棄却する決定を出した。