最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「弁護士のくず」事件

東京地裁平成21.12.24平成20(ワ)5534著作権翻案物発行禁止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官      山門優
裁判官      柵木澄子

*裁判所サイト公表 2010/2/25
*キーワード:翻案権、創作性、アイデア表現二分論、著作者人格権、一般不法行為性

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■事案

ノンフィクション小説を参考に執筆された漫画の翻案権侵害性が争点となった事案

原告:弁護士
被告:出版社
     漫画家

原告書籍:「懲戒除名 ”非行”弁護士を撃て」
被告書籍:「弁護士のくず」『蚕食弁護士』

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法27条、20条、2条1項1号、民法709条

1 翻案権侵害の有無
2 著作者人格権侵害の有無
3 一般不法行為の成否

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■判決内容

<経緯>

H13.9.28 原告書籍出版
H16     「ビッグコミックオリジナル」に被告書籍が掲載

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<争点>

1 翻案権侵害の有無

被告漫画家は漫画「弁護士のくず」シリーズを執筆しましたが、そのうち「蚕食弁護士」4話(58話から61話)を原告が執筆したノンフィクション小説を参考に執筆しました。そして、その漫画は被告出版社が刊行する雑誌「ビッグコミックオリジナル」に掲載されました。

原告は、被告らの執筆・出版行為が著作権(翻案権 著作権法27条)を侵害すると主張しましたが、裁判所は結論としてはこれを認めませんでした(29頁以下)。

裁判所はまず、江差追分事件最高裁判決(最高裁平成13.6.28)を引いたうえで、原告書籍と被告書籍の対比について最高裁判例の規範部分(翻案に当たらない場合の前段と後段)に即して検討。

(1)表現それ自体ではない部分での同一性

具体的な表現において異なるものの、7点の表現内容で共通し、同一性があるとしたものの、

しかしながら,上記(1)ないし(7)の事柄がいずれも実在の事実ないし事件であることについては,当事者間に争いがないので,上記の点における同一性は,表現それ自体でない部分において同一性が認められるにすぎず,翻案権の侵害の根拠となるものではない。』(31頁)

として、事実や事件という表現それ自体ではない部分での同一性に留まると判断しています。

(2)表現上の創作性のない部分での同一性

事実ないし事件を素材とする作品であっても,素材の選択や配列,構成,具体的な文章表現に著作者の思想又は感情が創作的に表現された場合は,著作物性が認められ,このような表現上の創作性がある部分において既存の著作物と同一性を有する場合は,翻案権の侵害となり得る。

しかしながら,原告書籍と被告書籍との間には,次のとおり,表現上の創作性のある部分において同一性を有すると認められる部分も存在しないというべきである。』(31頁以下)

として、別紙対照表の8つの対比部分について、表現上の創作性がある部分での同一性の存在も否定しています。

結論として、被告書籍に接する者が原告書籍の表現の本質的な特徴を感得することはできず、被告書籍は原告書籍に関する原告の翻案権を侵害するものとは認められないと裁判所は判断しています。

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2 著作者人格権侵害の有無

争点1で翻案が認められなかったことから、著作者人格権(氏名表示権、同一
性保持権、著作者の名誉声望)侵害についての原告の主張も認められていません(43頁)。

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3 一般不法行為の成否

一般不法行為(民法709条)の成否についても、裁判所は被告らの執筆及び出版行為は違法な行為ではないとして、その成立を否定しています(43頁以下)。

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■コメント

昨年末に出された判決(骨董通り法律事務所 福井健策先生が被告側代理人)ですが、いつ公表されるかと首を長くして待っていました。ようやく2ヶ月遅れでの裁判所サイトへのアップとなりました(原告書籍中の人物名の伏せ字処理に時間が掛った?)。

原告は、自ら体験した事件を基にノンフィクション小説を執筆しており、それだけに「事実を専有」する感を強く持ったのかもしれません(26頁以下)。
しかし、他人の著作物を参考に作品を制作したとしても、それが単なるアイデアや客観的事実それ自体の流用に留まるのであれば著作権法上は問題がないことになります。
アイデア表現二分論では、先日の箱根富士屋ホテル物語事件(東京地裁平成22.1.29平成20(ワ)1586著作権侵害差止等請求反訴事件)が記憶に新しいところです。

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■過去のブログ記事

2010年02月08日記事
箱根富士屋ホテル物語事件

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■参考判例
■参考文献

2010年02月08日記事「箱根富士屋ホテル物語事件」をご覧いただけたらと思います。

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■参考サイト

被告側コメント:
小学館広報室コメント、経緯説明及び弁護士コメント(平成21年12月24日)
『弁護士のくず』裁判、第一審完全勝訴!