最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「箱根富士屋ホテル物語」事件

東京地裁平成22.1.29平成20(ワ)1586著作権侵害差止等請求反訴事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官     大西勝滋
裁判官     関根澄子

*裁判所サイト公表 10/2/3
*キーワード:創作性、複製権、翻案権、アイデア表現二分論、氏名表示権、同一性保持権、出版社の責任

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■事案

現職神奈川県知事が執筆した書籍の記述部分の複製権、翻案権侵害性が争点となった事案

原告(反訴原告):著述業
被告(反訴被告):神奈川県知事
            出版社

原告書籍:「箱根富士屋ホテル物語【新装版】」(2002)
被告書籍:「破天荒力 箱根に命を吹き込んだ「奇妙人」たち」(2007)

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、21条、27条、19条、20条、112条1項、114条3項

1 複製権又は翻案権侵害の成否
2 氏名表示権又は同一性保持権侵害の成否
3 損害額

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■判決内容

<争点>

1 複製権又は翻案権侵害の成否

ノンフィクション作品である原告書籍の記述部分を無断で被告書籍において複製又は翻案されたうえで出版されたとして、原告著者は被告書籍の著者と出版社に対して著作権(著作権法21条、27条)侵害を理由に出版の差止等を請求しました。

この点について裁判所は、

ノンフィクション作品においても,叙述された表現のうち,表現上の創作性を有する部分のみが著作権法の保護の対象となるものであり,素材である歴史的事実そのものや特定の歴史的事実を取捨選択したことそれ自体には著作権法の保護が及ぶものではないものと解される。』(57頁)

とノンフィクション作品における創作性一般論を説示。続いて複製と翻案の意義について言及したうえで別紙対比表の各記述部分を検討しています。

結論としては、対比記述部分の大部分について、各原告書籍記述部分における表現上の創作性がないか、あるいは複製又は翻案に当たるものとは認められない(各被告書籍記述部分に関して、それに対応する各原告書籍記述部分における創作的表現を再製したとはいえず、また、創作性のある表現上の本質的な特徴を直接感得することもできない)と判断。
しかし、唯一、No.71の部分については、原告書籍記述部分の創作性を認めた上で依拠性と実質的同一性を認めて複製(再製)に当たると判断しています(56頁以下)。

No.71の部分(72頁以下)

 原告書籍記述部分
 「正造が結婚したのは,最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。」

 被告書籍記述部分
 「彼は,富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」

ところで、被告側は、原告書籍記述部分の創作性について、

「〜と結婚したようなもの」という表現は,何かに一心不乱に打ち込む状態を表すありきたりな言い回しにすぎないから,原告書籍記述部分は,原告による個性的表現とはいえない

と反論しましたが、裁判所は、

原告書籍記述部分のように短い文章の表現の創作性の有無を判断するに当たっては,当該記述部分の前後の記述をも踏まえて,当該記述部分がいかなる脈絡の下で,どのような内容を表現しようとしたものかをも勘案して総合的に判断すべきであり,また,語句や言い回しそのものはよく用いられるものであっても,ある思想又は感情を表現をしようとする場合に多様な具体的表現が可能な中で,特に当該語句や言い回しを選んで用い,当該語句や言い回しを含む表現がありふれたものといえない場合には,表現上の創作性を有するというべきである。』(73頁)

としたうえで、原告書籍記述部分について多様な具体的表現の可能性があって、筆者の個性が現れていてありふれた表現とはいえないと判断しています。

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2 氏名表示権又は同一性保持権侵害の成否

No.71の部分について、さらに著作者人格権である氏名表示権又は同一性保持権(著作権法19条、20条)侵害の成否が争点とされています(123頁以下)。
この点について、裁判所は、原告の氏名の表示がされていないことと、記述の一部が改変されそれが原告の意に反することが明らかであるとして、結論として氏名表示権及び同一性保持権侵害を肯定しています。

以上から、複製権、著作者人格権に基づき、No.71の部分を削除しない限り、被告書籍の印刷、発行又は頒布をしてはならないことを求める限度での差止の必要性が肯定されています(112条1項 126頁)。

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3 損害額

1.著者と出版社の共同不法行為性

被告筆者の故意と被告出版社の過失が認定され、結論として共同不法行為性が肯定されています(124頁以下)。

2.損害額

(1)財産的損害:使用料相当額(114条3項)

被告書籍販売額(定価×販売部数)×1頁部分÷本文239頁=5万円

(2)慰謝料 5万円

(3)弁護士費用 2万円

以上、損害額は合計で12万円余と認定されています(124頁以下)。

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■コメント

本文239頁の書籍のわずか2行のごく短い文章(ページ数で言えば、1/239=0.4%にあたる部分)について、著作権侵害、著作者人格権侵害が認められました。

松沢神奈川県知事の書籍が刊行された2007年当時にアマゾンに投稿された4件の購入者レビューを見てみると、原告書籍と被告書籍との間に類似の印象を受ける購入読者もいたようです。

言語の著作物の翻案権侵害が争点となった江差追分事件判決(後掲最高裁判例)では、本質的特徴の直接感得性を翻案の判断基準としましたが、判示後段部分の「アイデア等を保護しない」ということとどのような論理的関係に立つのかは依然として不透明なままです(横山後掲論文285頁参照)。

ところで、島並良先生(神戸大学)が、本判決が裁判所ウェブサイトに公開された数時間後、いち早く在外研究赴任地シドニーよりツイッターでコメントを寄せられていました。

「東京地裁のアイデア表現二分論:【アイデア】正造が一心不乱に富士屋ホテル経営に取り組んだこと/【表現】正造が富士屋ホテルと結婚したようなものである

他のあり得るアイデア表現二分論:【アイデア】正造が富士屋ホテルと結婚したようなものであること/【表現】正造が結婚したのは、最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない

というわけで、どのレベルでアイデアと表現を分けるのか、という点が知財高裁での争点となるだろう。ホテルとの結婚という比喩も含めてアイデアと捉えるなら、本件は単にアイデアが似ているだけということで非侵害という結果に。」

(2010.2.3 http://twitter.com/shimanamiryoより)

たいへん分かり易いご指摘で、この問題を考える手がかりを与えてくださっています。

いずれにしても、そもそも「保護すべき著作物とはなにか」といった著作物の本質論を再認識させる(著作物の本質論について、半田後掲書75頁以下参照)、また、表現とアイデアの連続性(三浦後掲論文参照)や創作性と類似性の判断の関係性を考えさせられる事案でした(一元論について、上野後掲論文47頁以下参照)。

今回の東京地裁判決では出版社の責任も比較的容易に認められている印象ですし、知事側は即日控訴したとのことですので、知財高裁の判断を待ちたいところです。

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■参考判例

江差追分事件
最高裁平成13年6月28日平成11(受)922損害賠償等請求事件

基本的ストーリー、主人公設定等を勘案して類似性を肯定している判例として、
「悪妻物語?」事件(目覚め事件)
東京地裁平成5.8.30昭和63(ワ)6004損害賠償等請求事件
東京高裁平成8.4.16平成5(ネ)3610

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■参考文献

田村善之『著作権法概説第二版』(2001)15頁以下、69頁以下
三浦正広「著作権法によるアイデアの保護-アイデア・表現二分論の批判的考察」『著作権法と民法の現代的課題―半田正夫先生古稀記念論集』(2003)88頁以下
  同   「造型美術におけるアイデア・表現と翻案権侵害の判断基準-舞台装置デザイン事件」『発明』100巻9号(2003)101頁以下
中平 健「翻案権侵害の成否」牧野利秋、飯村敏明編 『新裁判実務大系 著作権関係訴訟法』(2004)333頁以下
中山信弘『著作権法』(2007)44頁以下
横山久芳「翻案権侵害の判断構造」『斉藤博先生御退職記念論集 現代社会と著作権法』(2008)281頁以下
高部眞規子「判例からみた翻案の判断手法」『著作権研究』34巻(2008)4頁以下
上野達弘「ドイツ法における翻案-「本質的特徴の直接感得」論の再構成-」『同上書』同巻28頁以下
寺田明日香「映画についての著作権(翻案権)侵害の成否」『小松陽一郎先生還暦記念論文集 最新判例知財法』(2008)759頁以下
内藤 篤「映画著作物の翻案的侵害はいかにして起こるか」『コピライト』572号(2008)2頁以下
半田正夫『著作権法概説第14版』(2009)75頁以下
椙山敬士『著作権論』(2009)47頁以下(「翻案の構造」)
大家重夫「翻案-北の波濤に唄う(江差追分)事件」小野昌延先生喜寿記念刊行事務局編『小野昌延先生喜寿記念 知的財産法最高裁判例評釈大系3 著作権法・総合判例索引』(2009)354頁以下
島並 良、上野達弘、横山久芳『著作権法入門』(2009)20頁以下
平良友佳理「写真の著作物の保護範囲-写真に依拠して制作された水彩画が翻案権侵害に当たるとされた事例-」『知的財産法政策学研究』25号(2009)117頁以下 論文PDF

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■参考サイト

「知」的ユウレイ屋敷(2010年1月31日記事)
[著作権]1%が全体を止める(『破天荒力』著作権侵害事件 地裁判決)

企業法務戦士の雑感(2010-02-04記事/2月7日アップ)
[企業法務][知財]破天荒なフリーライド?〜「たかが2行」ではない知事著書の問題