最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
環境童話著作権事件
★大阪地裁平成21.10.22平成19(ワ)15259著作権侵害差止等請求事件PDF
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 山田陽三
裁判官 達野ゆき
裁判官 北岡裕章
*裁判所サイト公表 09/11/6
*キーワード 著作者、共同著作物、二次的著作物
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■事案
原画への着色作業により制作された環境童話絵本(漫画)の共同著作物性や二次的著作物性が争点となった事案
原告:イラストレーター
被告:亡小学生の両親、出版社、新聞社
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■結論
請求棄却
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■争点
条文 著作権法2条1項11号、12号、民法709条
1 童話絵本は原告とP4の共同著作物となるか
2 童話絵本の二次的著作物性
3 人格権、名誉権、肖像権の侵害の有無
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■判決内容
<経緯>
H3.12.25 小学生P4が絵本の線画(原画)を完成
H3.12.27 P4死亡
H4.2 被告夫妻(P4両親P2,3)がP4ノートを作成、学校に配布
H4.5 P4ノートの英語版作成
地球環境平和財団が日本語版制作
H5.5 P4が国連環境計画から受賞
H16.9 被告出版社が原告P1に着色作業を依頼
原告P1と被告夫婦が着色業務請負契約を締結
H16.10.13 着色作業開始
H16.10.19 着色作業完成
H16.11 被告出版社がプレスリリース発表
H16.12.6 被告新聞社に記事が掲載
原告P1が被告側に問い合わせ
H16.12 原告P1が抗議
H16.12.25 書籍出版
環境日めくりカレンダー製作、販売
文化社版書籍奥付:「著者 P4」「制作・監修 P2」
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<争点>
1 童話絵本は原告とP4の共同著作物となるか
原画を制作して亡くなったP4の両親(被告P2,3)から依頼を受けて原画への着色業務を請け負った原告イラストレーターは、出版された童話絵本(文化社版)の共同著作物性あるいは二次的著作物性を根拠に文化社版出版物等の販売差止や損害賠償を請求しました。
まず、出版された童話絵本の共同著作物性については、原画の著作者P4は既に死亡しており、P4と原告との間における共同製作の意思の共通を認める事情は見あたらない、として裁判所は共同著作物性を否定しています(33頁)。
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2 童話絵本の二次的著作物性
次に、童話絵本の二次的著作物性(著作権法2条1項11号)が争点とされています。
文化社版の出版より以前に原画の彩色版である英語版や地球環境平和財団版(財団版)が存在したことから、文化社版の創作性の有無について、原告の着色行為によって財団版に対して創作性が新たに付加されたかどうかが検討されています(33頁以下)。
(1)表紙における相違点
(2)本編における相違点
(3)画材の選択により得られる効果
(4)被告P2の指示の内容
裁判所は、これら諸点について財団版と文化社版を詳細に比較検討。
画材の選択や技法の選択(による効果)に原告の個性を感じることはできない、ごくありふれた表現である、被告P2は着色作業を原告の裁量に委ねていたわけではない、などとして、裁判所は新たな創作性の付加を否定しています。
結論として、原告の著作権、著作者人格権に基づく主張は裁判所に認められませんでした。
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3 人格権、名誉権、肖像権の侵害の有無
被告出版社の広告宣伝文(「ご案内」)に原告を「アシスタント」と記載し配布した点などが、プロのイラストレーターである原告の人格権や名誉権を侵害する、また写真の無断使用が肖像権を侵害すると原告は主張しました。
しかし、いずれの点も裁判所に容れられていません(51頁以下)。
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■コメント
12歳で亡くなった坪田愛華さんの環境童話絵本「地球の秘密」。没後、国連環境計画(UNEP)「国連グローバル500賞」受賞作品ともなったこの作品を巡って、制作に携わったイラストレーターと遺族との間で著作権紛争となってしまっています。
著作物が共同著作物(著作権法2条1項12号)となるためには、各著作者間に一つの著作物を創作するという「共同意思」が必要とされ、この共同意思については、主観的な共同意思を要求する見解と外形的客観的に判断すれば足りるとする見解がありますが(中山信弘「著作権法」(2007)167頁、田村善之「著作権法概説第二版」(2001)370頁以下参照)、客観的判断説(半田正夫「著作権法概説第14版」(2009)57頁以下)に立っても本件では後行者による創作性が否定されているので著作権法に係わる争点についての請求棄却の結論に違いはないと考えられます。
本件では、彩色行為により著作物への新たな創作性の付与があったかどうか、二次的著作物性(同項11号)の成否の判断部分が参考になるところです(江差追分事件最判H13.6.28、ポパイネクタイ事件最判H9.7.17参照)。
ところで、編集プロダクションの知人に判決の感想を聞くと、「過去に新風舎の仕事で亡くなった子供の遺作の装丁とレイアウトデザイン、未完成部分の彩色作業を担当したことがあるが、自分の作業で著作権が生じるとは全く考えもしなかった。今回の事案では当事者間に余程のことがあったのではないか」と。
また、工芸作家の知人も、「判決文全文を読んだが、裏の事情は分からないが、このイラストレーターはプロという自負だけが強い」という印象を持ったようです。
夭折した愛娘の作品で社会的に意義のある内容だから、と被告側が「美談」のストーリー(「ご案内」参照31頁)を作ったりして書籍、カレンダー、キャラクター展開などの制作、出版、広告宣伝で彩色担当のイラストレーターに対して配慮に欠ける対応(判決文からは伺えない部分も含めて)があるいはあったのかもしれません。
しかしそれでも、訴訟をしてまで白黒付ける内容だったのか(本人訴訟)、書籍の二次的著作物性を主張すれば行き着くところ、印税の要求に繋がってしまうわけで、実際、イラストレーターは10万部販売された書籍の印税の半分(書籍:定価×10万部×10%×1/2=735万円)などをこの訴訟で請求しています。
先の知人らのように制作現場の感覚からして、原告イラストレーターが彩色業務を受託した当初からそこまで権利・利益を意識していたのか、どうか。
いずれにしても結果としては(控訴審の判断は残りますが)、「アースくん」キャラクターを含め今後も愛華さんひとりの作品(ご母堂の監修はありますが)として広く公表することができるので、応訴の負担はあったものの権利関係が明確になったことはご両親にはせめてもの慰めとなりそうです。
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■参考サイト
出版文化社ウェブサイト
地球の秘密 Secrets of The Earth
「アースくん」キャラクター
「地球の秘密」AIKAEye公式ページ
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■参考文献
島並良、上野達弘、横山久芳『著作権法入門』(2009)75頁以下