最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

観音像仏頭部原状回復事件

東京地裁平成21.5.28平成19(ワ)23883著作権侵害差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官      関根澄子
裁判官      杉浦正典

*裁判所サイト公表 09/06/08

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■事案

観音像の仏頭部を無断ですげ替えて公衆の観覧に供したとして、遺族が著作者人格権侵害などを争った事案

原告:彫刻家兼仏師
被告:寺院
    仏師

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法14条、20条、25条、60条、115条、116条

1 原告の共同著作者性
2 人格的利益保護のための原状回復等請求の可否
3 遺族としての謝罪広告請求の可否

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■判決内容

<経緯>

S62    被告寺院が原告親族に十一面観音菩薩立像の制作を依頼
S62.5   木造彫刻作業開始
H1.9    仕上げ作業完了
       被告仏師が仏師Eから独立
H2.3.12  漆塗り・金箔貼り作業開始
H5.5    漆塗り・金箔貼り作業完了、原告が眼の彩色、書き入れ作業(開眼作業)
H5.5.18  駒込大観音開眼落慶法要
H6.7.18  原告が観音像の両目の補修、再補修作業
H15     被告仏師に対して被告寺院が頭部のすげ替えを依頼
        原告は仏頭部の作り直し自体を拒絶
H18.10   原告が仏頭部のすげ替えられた観音像の観覧を確認
H18.10.18 原告が被告寺院に内容証明書通知
H18.10.27 被告寺院が原告に書面通知
H18.11.18 被告寺院に対して原状回復を求める通知
        被告仏師に対して謝罪要求の通知
H18.12.14 被告仏師が原告に書面通知
H19.2.9   原告が被告仏師に書面通知
H19.9.13  本件訴訟提起


「駒込大観音」:十一面観音菩薩立像

観音像体内墨書
「大佛師 監修 D(亡父)」
「制作者 E(亡兄) F(兄) A(原告) 弟子 C(Eの弟子)」

観音像足ほぞ墨書
「監修 D(亡父)」
「制作者 E(亡兄) F(兄) A(原告) C(Eの弟子)」

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<争点>

1 原告の共同著作者性

原告は、共同著作物である観音像が無断でその頭部がすげ替えられたとして、被告らに対して著作者人格権侵害等を理由として損害賠償請求などを求めました。

ところで、観音像の体内と足ほぞに墨書で原告Aの氏名が記載されていました。
これによって原告Aは著作権法14条(著作者の推定)によって観音像の著作者(共同著作者)であると主張しました。

しかし、裁判所は、被告仏師の観音像の制作経緯と制作作業の内容に関する供述などから、原告Aは観音像の仕上げ作業に何らかの関与をしたものとは認めたものの、仕上げ作業は観音像の制作についての創作的な関与にあたるものとまで認めることは困難であると判断。
結論として、著作権法14条の推定は認められず、原告Aは観音像の共同著作者とは認められませんでした(48頁以下)。

このことから、原告A自身の著作者人格権侵害などを理由とする損害賠償請求等は認められていません。

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2 人格的利益保護のための原状回復等請求の可否

観音像の制作に関与した原告の亡父(D)、亡兄(E)の人格的利益について、原告は遺族として仏頭部の原状回復を求めました(著作権法116条、60条、115条)。

1.亡父Dの人格的利益の保護の要否

仏師であった亡父Dについては、観音像の体内や足ほぞに「監修 D」との亡父の雅号の墨書があり著作権法14条(著作者の推定)によって著作者とも考えられましたが、結論的には病気などにより亡父Dは観音像の制作に関与していたと認められず、観音像の著作者であると認められていません(54頁以下)。

従って、原告による遺族としての亡父Dの人格的利益保護のための原状回復等請求は認められませんでした。

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2.亡兄Eの人格的利益の保護の要否

原告Aの亡兄Eが観音像の著作者であることに争いがなく、亡兄Eが制作した仏頭部部分のすげ替え行為が亡兄Eとの関係では亡兄Eの意に反するもので、同一性保持権侵害となるべき行為(著作権法60条本文)にあたるかどうかが争点となりました。

被告寺院は、仏頭部のすげ替えは生前のEの意思に沿うものとして60条ただし書きの「当該著作者の意を害しないと認められる場合」にあたると反論しましたが、結論として著作者人格権侵害となるべき行為にあたると裁判所は判断しています(55頁以下)。

また、被告寺院は、仏頭部のすげ替えは著作権法20条(同一性保持権)2項4号の「やむを得ないと認められる改変」にあたり、同一性保持権侵害にはあたらないと反論していましたが、裁判所に容れられていません(58頁以下)。

結論として、著作権法115条(名誉回復等の措置)に規定される「訂正・・・するために適当な措置」としてE制作による仏頭部へ原状回復することが認められています。

なお、観音像を原状回復するまでの間、一般公衆の観覧に供することの停止の請求までは認められていません(63頁以下)。

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3 遺族としての謝罪広告請求の可否

亡兄Eの遺族として原告Aは新聞への謝罪広告の掲載を求めましたが、裁判所は認めていません(64頁以下)。

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■コメント

東京文京区の駒込の光源寺さんにある通称「駒込大観音」。もともと境内には1697年造立の約8mの十一面観音像がありましたが、これが1945年5月25日の東京大空襲で焼失、平成5年に6mの立像として再現されました。

被告仏師は、原告の仏師一門の工房の弟子筋にあたり、師匠の仏師E(原告の兄)とともに観音像の制作にも深く関与していました。

観音像の頭部を制作したのは被告仏師の師匠Eで、その師匠Eが生前、観音像の「尊顔」が悪相で作り直す願いを持っていた(48頁)こと、制作当時から被告仏師と原告Aとはそりがあっていなかった(49頁)こと、仏師一門の名代としての立場にあった原告Aが彩色、書き入れ作業をした眼について檀家などから修正要望があった(46頁)ことなどから、原告Aの反対を押し切ってまで被告仏師は仏頭部のすげ替えを断行したと思われますが、生前の師匠Eの意思がどこにあったのか寺院や弟子は裁判で明らかにすることができませんでした。

いずれにしても開眼落慶法要から約10年間、信仰の対象となっていた観音像の頭をすげ替えるという事態は、たいへんなことだったと思われます。お寺さん、お檀家さん、仏像制作工房内での人間模様、いろいろ思いを巡らされるところです。

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■過去のブログ記事

銅像をめぐる著作権事件について

2006年3月2日記事
ジョン万次郎銅像事件

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■参考サイト

雨の日も、風の日も、大仏はそこで待っている。東京大仏巡礼 2008その7(ラスト・訪問地)「駒込大観音」訪問