最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

中国ドラマ「苦菜花」スカパー事件

東京地裁平成21.4.30平成20(ワ)3036損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官      関根澄子
裁判官      古庄研

*裁判所サイト公表 09/5/7

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■事案

テレビ番組の著作権の移転に関する対抗要件の要否や通信衛星放送会社の注意義務違反性が争点となった事案

原告:放送事業者(中国法人)
被告:衛星テレビ専門会社
    スカパーJSAT株式会社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法23条、77条、旧法例7条、11条、民法709条

1 準拠法
2 著作権譲渡の有無
3 対抗要件欠缺の抗弁の成否
4 被告スカパーの過失の有無
5 損害論
6 差止めの要否

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■判決内容

<経緯>

H14     北京華録がドラマ「苦菜花」(本件ドラマ)を製作
H14.4.30  被告衛星テレビ専門会社(被告亜太)と被告スカパーが
        業務委託契約締結
H16.7    ドラマ「苦菜花」が中国で公開される
H16.9.30  被告亜太と湖南影視が番組提携契約締結
H16.10.26 北京華録が湖南影視と放送権譲渡契約締結
H17.3.25  北京華録と原告がテレビ番組著作権譲渡契約締結
H17.5.3   被告スカパー785チャンネルで本件ドラマ全20話を各2回放送
        (11日間)
H17.8.4   北京華録が中国国家版権局から著作権登記証書交付
H17.8.30  原告が仮処分命令申立て
H17.9    原告が被告スカパーに通知書をFAX
H17.11.1  仮処分決定
H20.2.6   本訴提起

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<争点>

1 準拠法

原告が中国法人であること、中国製テレビドラマを巡る紛争である点で渉外的要素を含むものであることから、まず準拠法の決定がされています(22頁以下)。

1.著作権侵害に基づく差止請求

本件ドラマは、ベルヌ条約上日本の著作権法の保護を受ける。
その上で、著作権侵害に基づく差止請求は、ベルヌ条約5条(2)により日本の著作権法が適用される。

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2.著作権侵害に基づく損害賠償請求

著作権侵害に基づく損害賠償請求関係は不法行為との法性決定の上、改正前の法例11条(不法行為地法)により日本法が適用される。

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3.著作権譲渡の有無

(1)譲渡の原因関係である法律行為
 譲渡の原因関係である法律行為の成立及び効力については、旧法例7条(当事者意思による又は行為地法)によって準拠法を決定する。

(2)目的である著作権の物権類似の支配関係の変動
 著作権の譲渡の第三者に対する効力に係る物権類似の支配関係の変動については、日本の著作権法が適用される(東京高判H13.5.30 キューピーイラスト著作権事件)。

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2 著作権譲渡の有無

1.準拠法

原告とテレビ番組を製作し著作権を有していた北京華録との著作権譲渡契約について、その成立及び効力についての準拠法は、当事者意思により中国の法律による(23頁)。

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2.著作権譲渡契約の有無

そして、本件譲渡契約書(甲2)の内容について検討がされています(23頁以下)。その上で平成17年3月25日、原告と北京華録との間で本件ドラマを含む合計6本のドラマ作品について韓国、シンガポール、日本及びマレーシアにおける著作権を代金50万人民元で譲渡する旨の契約が締結されていることが認められています。

なお、中国法における「譲渡」の用語の意義などから、原告は本件譲渡契約において本件ドラマの非独占的利用権の譲渡を受けたにすぎないと被告は反論しましたが、容れられていません(25頁以下)。

結論として、原告が北京華録から本件ドラマの著作権の譲渡を受けていたことが認められました。

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3 対抗要件欠缺の抗弁の成否

本件ドラマを製作し著作権を有していた北京華録と湖南地域の放送事業者である湖南影視との間で放送権譲渡契約が締結されていました。

そして、被告亜太は湖南影視と番組提携契約を締結していたことから、被告亜太は本件ドラマのCS放送権を有しているとして原告主張の本件著作権の移転につき日本における登録の欠缺について正当な利益を有するものであって、著作権法77条の「第三者」に被告亜太は該当すると主張しました(30頁以下)。

しかし、北京華録と湖南影視との間で締結された放送権譲渡契約が、本件ドラマの「湖南地域における放送権」の利用許諾契約にすぎず日本での放送権(公衆送信権)の譲渡の合意まで含むものではないと裁判所は認定。
被告亜太は、対抗要件欠缺を主張するについて正当な利益を有しておらず、著作権法77条「第三者」に該当しないことから、原告は被告亜太に対して本件著作権の登録なくして対抗することができると判断しています。

結論として、被告亜太による11日間にわたる本件ドラマ全20話各2回のCSデジタル放送(本件放送)は、原告の本件著作権(公衆送信権)の侵害にあたると判断されました。

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4 被告スカパーの過失の有無

CSデジタル放送サービスの一連の流れ(番組制作・編集→機械的圧縮符号化→高次元多重化処理→衛星へアップリンク→ダウンリンク→各家庭での受信・視聴)のなかでの被告スカパーの業務内容を裁判所は検討(4頁以下、34頁以下)。

スカパーが被告亜太が提供する放送番組の制作・編集等に関与していなかったことやスカパーの放送番組送出業務は機械的な処理であることから、スカパーが本件放送の主体であると解することはできない。また、運用業務(顧客管理業務、広告宣伝業務等)を受託していたが個々の放送番組の具体的な内容やその著作権の帰属等について十分に知り得る立場にあったとまでいうことはできないとして、

被告スカパーは,個別の放送番組の放送前に,その内容に著作権侵害等の法令違反が存在することを現に認識し,あるいは,著作権者等関係者からの警告等を受けるなどして著作権侵害等の法令違反が存在する具体的な可能性を認識していた事情がある場合であれば格別,そのような事情のない場合には,個別の放送番組ごとに,その放送前に,当該放送番組が放送された場合に著作権侵害となるかどうかを調査,確認すべき注意義務を負うものではないと解される。』(40頁)

と裁判所は判断。

結論として、被告スカパーは本件放送前に、本件ドラマが放送された場合に著作権侵害となるかどうかを調査、確認すべき注意義務を負っていたものということはできず、過失はないとされました。

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5 損害論

原告は、使用料相当額として5600万円、弁護士費用相当額として1120万円の合計6720万円を損害額として主張していました。
結論としては、使用料相当額として本件ドラマ1話当たり6万円(2回放送分)、全20話の合計120万円と認定。弁護士費用相当損害額として15万円の合計135万円を被告亜太による著作権侵害の損害額と判断しています(41頁以下)。

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6 差止めの要否

被告亜太に対して、本件ドラマの放送の差止めの必要性が認められています(43頁)。

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■コメント

問題となった中国製作のテレビドラマは、抗日闘争が舞台となったドラマでした。

衛星放送サービスプラットホーム事業会社の著作権侵害事案における注意義務の有無、内容に関する判断部分が先例として重要と考えられます。

スカパーの立ち位置としては、番組の「単なる導管的な役割」にすぎないとして放送行為の主体性を自ら否定していますが(15頁参照)、本件被告が過去にアテネオリンピック放送で問題を起こしていたこと(40頁参照)などからすると、スカパーが今後も従前通りのプラットホーム事業者としての取引態度で本件被告と接すれば済むかどうかは微妙なところです。

仕事柄、中国語圏で利用する著作権契約書などにも接しますが、日本法が準拠法の場合であっても相手先起案の契約書の場合、独特の言い回しもあるので文言の取扱いには注意したいところです。
また、中国国家版権局版権保護センターへの日本からのアクセスが容易になれば、中国でのビジネスや中国製コンテンツの取扱いについて対抗問題(対抗要件具備の必要性)も今後増えてくるかもしれません。

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■参考サイト

ドラマ「苦菜花」
苦菜花-二十話テレビ連続ドラマ(DVD BOX7枚組)、中国語映画DVD JChere.com

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■参考判例

著作権侵害事案における準拠法について、

キューピーイラスト著作権事件
東京高判平成13.5.30平成11(ネ)6345著作権侵害差止等請求控訴事件

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■参考文献

中国著作権法24条、25条(ライセンス契約、譲渡契約)について、

IPトレーディング・ジャパン株式会社編著『中国知的財産管理実務ハンドブック』(2006)106頁
文化庁『中国における著作権侵害対策ハンドブック』(2005)
PDF122頁以下参照

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■追記

控訴審関連記事(2009年10月30日)
中国ドラマ「苦菜花」スカパー事件(控訴審)