最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

復刻版歴史資料事件

東京地裁平成21.2.27平成18(ワ)26458等謝罪広告等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 市川正巳
裁判官      中村恭
裁判官      宮崎雅子

*裁判所サイト公表 09/3/19

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■事案

「特高警察関係資料集成」「朝鮮軍概要史」などの歴史資料に関する復刻本の編集著作物性や著作権侵害性、版面権侵害性が争点となった事案

平成18年(ワ)第26458号謝罪広告等請求事件(第1事件・名誉毀損事件)
平成19年(ワ)第24160号損害賠償請求事件(第2事件・著作権侵害事件)

原告:出版社(第1事件原告・第2事件被告)
    A   (第2事件被告/原告元代表取締役)
被告:出版社(第1事件被告・第2事件原告)
    B   (第1事件被告/弁護士)

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■結論

第1事件:請求棄却
第2事件:請求一部認容


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■争点

条文 著作権法12条、113条1項2号、民法709条

1 被告「特高警察関係資料集成」の編集著作物性
2 著作権侵害性(著作権法113条1項2号)
3 版面権侵害性(民法709条)
4 損害論

*第1事件(名誉毀損事件)は略

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■判決内容

<経緯>

【被告書籍】
S61  被告「百五人事件資料集」出版
S63  被告「高等外事月報」出版
H1   被告「朝鮮軍概要史」出版
H2   被告「思想彙報」出版
H3   被告「朝鮮思想運動概況」出版
H4   被告「特高警察関係資料集成」出版

H15.4.30 原告出版社代表取締役をAが辞任
       Aの息子Cが代表取締役就任
H15.5   原告が韓国書籍を輸入、販売
H17.12  被告ほか4社が無断複製販売を原告に指摘
H18.7.11 被告と代理人弁護士Bが刑事告訴について記者会見
H18.7.13 被告と代理人弁護士Bが報道機関にFAX送信
H19.11  被告が被告書籍の編著者から著作権譲渡を受ける
H20.2   被告が被告書籍の編著者から損害賠償請求権を譲受ける

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<争点>

1 被告「特高警察関係資料集成」の編集著作物性

名誉毀損事件(第1事件)で被告となった出版社が筆者らと資料収集などしたうえで出版された「特高警察関係資料集成」は、特高警察に関係する資料を広く所収し復刻したものでした。

裁判所は、歴史資料編纂復刻書籍の編集著作物性(著作権法12条1項)について、

被告「特高警察関係資料集成」は,特定の官署部局が作成した文書などその範囲が一義的に定まる資料を単に時系列に従って並べて復刻したというものではなく,様々な官署部局が作成した文書を,なるべくこれまで知られていなかったり公刊されていなかった文書,なるべく個々の運動,事件に関する直接的な記述があるものという一定の視点から選択し,これを運動分野又は文書の種類別に配列したものであるから,全体として,素材たる原資料の「選択」及び「配列」に編者の個性の発露がみられる。したがって,被告「特高警察関係資料集成」は,編集著作物というべきである。

として、編集著作物性を肯定しています(39頁以下)。

そのうえで、原告が韓国から輸入し販売した書籍(韓国書籍)である韓国「特高警察関係資料集成」について、

韓国「特高警察関係資料集成」は,被告「特高警察関係資料集成」全体ではなく,その一部である10巻から24巻のみを複製したものであるが,その分量及び複写対象巻からみて,それらの部分のみの複製であっても,被告「特高警察関係資料集成」の編集著作物としての創作性を再現しているものと認められる。

と複製性(無断複製物性)を肯定しています(43頁)。

なお、被告が出版した6点の復刻本のうち、「特高警察関係資料集成」については編集著作物性が肯定されていますが、その他の書籍については否定されていて、復刻本中の解説部分(解題・解説)などについて各筆者の著作権が肯定されるにとどまっています(57頁以下)。

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2 著作権侵害性(著作権法113条1項2号)

原告元代表者A及び原告代表者Cは、韓国書籍が被告書籍の無断複製物であることを知りながら販売したのか、著作権侵害みなし行為である著作権法113条1項2号の「情を知つて」頒布したかどうかが争点となりました。

この点について裁判所は、

?我が国で出版されている専門書と同名で,しかも日本語で解説,解題等が記載された書籍が韓国でも出版されていれば,書籍の輸入販売業者としては,その同一性の有無及び複製についての許諾の有無を確認することが通常であると解されるし,そのように行動することは,日本の「朝鮮史研究会」の会員であり,日本の近現代史の資料等につき相当程度の知識を有している被告Aにとって,極めて容易なことであること,?無断複製物の輸入がごくわずかであれば,原告高麗書林の主張も採用する余地があるが,前記(2)ア,イ,エ並びにオ(ア)a及びbのとおり,同原告が取り扱った無断複製物は,被告不二出版のものに限定されずに他種類に及び,その数量も相当数に上ること,?平成14年4月には,夏の書房「北朝鮮の極秘文書」に関して,韓国高麗書林発行の書籍につき注意を促されているにもかかわらず,無断複製の事実について何らかの調査,対応策などを講じた形跡はうかがわれず,その後も韓国「北朝鮮の極秘文書」の販売を継続していること』(55頁参照)

などから、著作権法113条1項2号該当性を肯定しています(46頁以下)。

(なお、被告出版社は、編著者らから著作権譲渡及び著作権侵害に基づく損害賠償請求権の譲渡を受けています。)

結論として、原告は復刻本の編集著作権や復刻本中の解題・解説文などの著作権を侵害している(著作権法113条1項2号)と判断されています。

なお、原告が知情頒布を超えて韓国書籍の無断複製行為自体について韓国高麗書林と共謀又は幇助していた(民法719条)とまでは認定されていません(57頁)。

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3 版面権侵害性(民法709条)

被告は、原告が被告書籍の版面を複写した韓国書籍を販売した行為が、いわゆる版面権を侵害するとして一般不法行為(民法709条)の成立を予備的に主張していました。

この点について、裁判所は、

他の出版社の版面をそのまま複写して出版物を製作する行為は,出版業に携わる者として道義にもとるものであることは明らかである。しかし,法はそのような場合でもこれを直ちに違法なものと評価しているわけではなく,著作権等の存在を前提に,かつ,一定範囲の類型に限って違法であると明示的に規定しているものであり(著作権法113条参照), 著作権法で違法とされていない行為を一般不法行為により違法と判断することは,謙抑的にされるべきである。

としたうえで、

この観点からすると,被告「百五人事件資料集」,被告「高等外事月報」,被告「思想彙報」,被告「朝鮮軍概要史」及び被告「朝鮮思想運動概況」については,一部の資料の入手に困難があったことは認められ(乙39の8の解題11頁,乙41の6の解題1頁),しかも,その無断複製物を被告書籍の顧客層がいる日本市場向けに製作するものであるが,他方,資料の修復等(オペーク作業等)に格段の困難を要した等の事情はうかがわれないから,その製作をもって,一般不法行為を構成するものと認めることはできない。

しかも,前記4で判示したとおり,原告高麗書林が被告書籍の無断複製行為自体に関与したとは認められないところ,販売のみに関与する者につき「版面権」侵害を認めることは,更に謙抑的にされるべきであるから,販売に関与したことのみをもって,一般不法行為を構成するものと認めることはできない。

として、版面の複写行為にかかわる一般不法行為の成立を否定しています(60頁以下)。

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4 損害論

原告会社の元代表取締役Aについては、著作権侵害行為(著作権法113条1項2号)に基づき、また原告会社については、会社法350条に基づき損害賠償責任を負うことになりましたが、損害論としては、韓国書籍の平均販売価格、販売セット数量、利益率などから合計119万円余り、弁護士費用は25万円と認定されています(62頁以下)。

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■コメント

被告らが刑事告訴について記者会見などをしたことを理由とする原告に対する名誉毀損行為については、違法性などを欠くとして、その成立が否定されています(第1事件請求棄却)。

原告の取扱っていた韓国書籍は、被告書籍の全版面を複写して製作されたいわば「海賊版」で、原告は韓国高麗大学に納入するとして被告から被告書籍である「特高警察関係資料集成」を購入していましたが、高麗大学には、この「海賊版」はあっても被告の書籍は無いという状況でした(46頁以下)。

ところで、版面権については、旧著作権法改正来議論がされていますが、いまのところ著作権法上は認められていません。
版面権は、出版物の版面を構成する際の出版者の準創作的な行為に着目して設けられる権利で、著作隣接権として構成することができる版面に関する利用権となります。
なお、版面権に係わる事件としては、昭和50年代の漱石復刻版事件に関する和解部分(復刻出版に関する商慣習の存在の確認)が参考になります(*)。版面権保護の必要性については、半田後掲書参照。

今回、版面の複写に関して、後行出版社は、先行する復刻版にフリーライドしていたわけですが、主位的請求として著作権侵害が肯定されており、事例判断(予備的請求)としては侵害品を輸入販売した出版社には一般不法行為の成立が肯定されるまでに至っていません。

復刻本刊行の努力にフリーライドする場合には、不正競争防止法での対応も考えられますが、一般不法行為の成立の検討も重要であることがよく分かる事案でした。


(*)文化庁平成2年6月「著作権審議会第八小委員会(出版 者の保護関係)報告書」を読むと、報告書作成当時の平成2年まで復刻版の作成については、不法行為法適用の判例はないようです。なお、知恵蔵事件(東京地裁平成10.5.29平成7(ワ)5273)参照。

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■関連事件

復刻版歴史資料「海賊版」流布事件
東京地裁平成20.8.29平成19(ワ)4777損害賠償等請求事件PDF

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■参考判例

知恵蔵事件
東京地裁平成10.5.29平成7(ワ)5273著作権使用料等請求事件PDF

控訴審
東京高裁平成11.10.28平成10(ネ)2983著作権使用料等請求控訴事件PDF

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■参考文献

版面権、漱石復刻版事件について、

作花文雄『著作権法講座第二版』(2008)99頁以下
半田正夫「著作隣接権とは」第二東京弁護士会知的財産権法研究会編
      『エンターテインメントと法律』(2005)81頁以下
田村善之『著作権法概説第二版』(2001)519頁以下
鈴木一誌、知恵蔵裁判を読む会編『知恵蔵裁判全記録』(2001)114頁、
       323頁以下
著作権判例研究会編『最新著作権関係判例集2(1)』(1980)30頁以下
阿部浩二「覆刻・復刻・複刻-漱石初版本復刻セット事件」
      『著作権とその周辺』(1983)170頁以下
美作太郎「復刻本の出版-「漱石復刻版」事件」『著作権判例百選
      (1987)180頁以下
大瀬戸豪志「復刻本の出版-漱石復刻版事件」
      『著作権判例百選第二版』(1994)196頁以下

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■参考サイト

統一日報(2007年1月17日発行版)
海賊版問題 高麗書林 告訴される

不二出版株式会社(2009年3月5日プレスリリース)
「海賊版」刊行問題について

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■著作権法改正論議関連

著作権情報センター(CRIC)
文化庁審議会報告書(平成2年6月)
「著作権審議会第八小委員会(出版者の保護関係)報告書」
審議会報告書

文化庁(平成15年7月31日)
文化審議会著作権分科会 法制問題小委員会(第2回)
議事要旨

benli(2008.2.2記事)
「版面権」の例に倣う

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■追記2010.4.9

「韓国図書専門店の高麗書林(東京)が無断複製物を販売していた問題で高麗書林は海賊版販売を認め、編集著作権者の不二出版は11月18日、知的財産高裁第二部で高麗書林と和解した。」
http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=50480