最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

Eコマース商品仕入先情報営業秘密事件

東京地裁平成20.11.26平成20(ワ)853損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清水節
裁判官      佐野信
裁判官      國分隆文

*裁判所サイト公表 12/4

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■事案

音楽関連商品をネット販売(Eコマース)していた原告の保有する
商品仕入先情報について営業秘密性が争われた事案

原告:レコード企画制作販売会社
被告:退職従業員
    退職従業員の父親

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 不正競争防止法2条1項7号、2条6項

1 商品仕入先情報の営業秘密性
2 秘密保持合意に基づく秘密保持義務違反性
3 競業避止合意に基づく競業避止義務違反性

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■判決内容

<経緯>

H11.1    被告Aが原告会社に就職
H12.4.16  被告Aがアルバイトから正社員へ変更
H15.9.19  原被告間で秘密保持合意1締結
        被告Aの父親である被告Bと原告が身元保証契約締結
H18.9.14  原被告間で秘密保持合意2締結
H19.2.15  被告Aが原告会社を退職
        被告Aはモバイルコンテンツ事業会社に転職

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<争点>

1 商品仕入先情報の営業秘密性

原告は、音楽CDなどのオンラインショップ取扱い、アナログレコード
の企画製造流通も手がける音楽関連事業会社ですが、原告管理の
仕入先情報(業者の名称、住所、電話、FAX、担当者、メールアドレス、
取扱商品の特徴など)を被告が退職後競業会社で利用しているとして、
その営業秘密性がまず争点となりました。

秘密管理性の要件(不正競争防止法2条6項)としては、

(1)当該情報にアクセスした者が、当該情報が営業秘密であることを
   認識できるようにしてあること
(2)当該情報にアクセスできる者が制限されていること

が要求されます(小松一雄編著「不正競業訴訟の実務」(2005)332頁以下)。

裁判所は、秘密管理性の判断について、

秘密管理性の認定においては,主として,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であると認識できるようにされているか,当該情報にアクセスできる者が制限されているか等が,その判断要素とされるべきであり,その判断に当たっては,当該情報の性質,保有形態,情報を保有する企業等の規模のほか,情報を利用しようとする者が誰であるか,従業者であるか外部者であるか等も考慮されるべきである。
(17頁)

としたうえで、

(1)仕入先情報は、ネットで公開されているものも存在する
(2)仕入先情報は、パソコン上IDとパスワードで管理されている
(3)ファイル自体には閲覧制限はされていなかった
(4)仕入担当者以外でもアルバイトも含め従業員なら閲覧可能
(5)秘密保持契約を締結しているが、情報の明示がない
(6)仕入先情報が営業秘密であることの注意喚起をしていない

などの管理状況、情報の性質、秘匿の必要性から、本件仕入先情報は、
原告従業員にとって、それが外部に漏らすことの許されない営業秘密
として保護された情報であるということを容易に認識できるような状況
にあったということはできない、として結論として営業秘密性を否定し
ています。

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2 秘密保持合意に基づく秘密保持義務違反性

被告Aは、原告と

6.業務上知り得た会社の機密事項,工業所有権,著作権
  及びノウハウ等の知的所有権は,在職中はもちろん退職後にも
  他に一切漏らさないこと。


という規定をもつ誓約書と、

3.退職後の秘密保持義務
私は,貴社を退職後も,機密情報を自ら使用せず,又,他に開示いた
しません。

4.競業避止義務
私は,退職後も2年間は貴社と競業する企業に就職したり役員に就任
するなど直接間接を問わず関与したり,あるいは競業する事業を自ら開
業したり等,一切しないことを誓約いたします。


という規定をもつ秘密保持誓約書を計2通締結していました。

仕入先情報がこれら誓約書の機密事項等に該当するかどうかがさらに
争点となりました。

この点について裁判所は、

(1)本件機密事項等についての定義、例示が一切記載されていない
(2)従業員の営業秘密認識可能性もない

として、結論的には、秘密保持合意に基づく秘密保持義務違反性を認
めませんでした。
(20頁以下)

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3 競業避止合意に基づく競業避止義務違反性

秘密保持誓約書には、上記のような退職後の競業避止義務規定があり
ました。
被告Aが退職後に就職した会社はモバイルコンテンツ事業会社で、同社
ではレコード、CD等のネット通販、携帯電話サイトでの通販業務を行っ
ていることから競業避止合意違反性が次に争点とされています。

裁判所は、退職後の競業避止義務は退職従業員の職業選択の自由に対
して極めて大きな制約を及ぼすものであるとして競業避止義務の内容に
ついては、

合意によって課される従業員の競業避止義務の範囲については,競業行為を制約することの合理性を基礎づけ得る必要最小限度の内容に限定して効力を認めるのが相当である。

として限定解釈(包括的競業避止規定を公序良俗に反し無効とは評価せ
ずに)を行ったうえで、

そして,その内容の確定に当たっては,従業員の就業中の地位及び業務内容,使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質,競業が禁止される期間の長短,使用者の従業員に対する処遇や代償の程度等の諸事情が考慮されるべきであり,特に,転職後の業務が従前の使用者の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いることによって行われているか否かという点を重視すべきであるといえる。
(22頁)

と説示。そのうえで、

(1)所属部署の責任を単独で負うような地位には就いていない
(2)競業避止義務等を負うことの代償措置がない
(3)競合する取扱商品は一般の大手レコード店でも取扱っている

などの諸事情から、

同被告は,その種の業務を行うに際して,原告就業中の日常業務から得た一般的な知識,経験,技能や,その業務を通じて有するようになった仕入先担当者との面識などを利用し得たにすぎないものと考えられ,本件全証拠によっても,被告Aが原告の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いてエムアップの業務を行っていると認めることはできない。

として、被告Aが転職先で実施している業務の内容は、本件競業避止合
意の内容に含まれるとは認められないと判断しています。
(21頁以下)

結論として、競業避止義務違反性は認められませんでした。
なお、同旨の限定解釈論を採る判決としては、アートネーチャー事件が
あります。
東京地裁平成17.2.23平成15(ワ)7588等営業秘密使用差止等請求事件PDF

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■コメント

退職直前の有給休暇中に転職先の業務として仕入先と接触を
もっていたなど退職前の被告Aの行為態様の悪質性を原告は
指摘しています(11頁参照)。

退職従業員の行為が自由競争の範囲を逸脱するかどうか(自由
領域に属する情報の利用行為かどうか)、その全体的評価(小松
前掲書344頁)からすると、Aの行為態様の悪質性は高くはなく、
また、Aは役員でもない一般従業員であったこと、さらに情報の
性質、使われ方からしても不正競争行為性が認められるにはハ
ードルが高い事案でした。
そして、そもそもAの場合、退職後の競業行為まで制限する必要
が使用者側にあったのか。退職後の競業避止義務規定の適用に
疑問の残るケースでした。

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■参考文献

永野周志、砂田太士、播磨洋平「営業秘密と競業避止義務の法務
(2008)50頁以下、150頁以下、265頁以下、限定解釈論について284頁
以下参照。なお、ヤマダ電機事件(東京地裁平成19.4.24判決)については、
294頁以下参照。
仕事を通じて獲得した知識やノウハウは労働者にとっても基本的な知的財
産であるという視座から競業避止義務の制約法理を展開するものとして、
道幸哲也「競業避止義務制約の法理」『知的財産法政策学研究』11号(2006)205頁以下参照。
小野昌延「営業秘密の保護-不正競業としてのノウ・ハウの侵害を中心として-」(1968)296頁以下
知的所有権法研究会編「最新企業秘密・ノウハウ関係判例集第三版」(1991)487頁以下、497頁以下、520頁以下
田村善之「競争法の思考形式」(1999)74頁以下
田村善之「不正競争防止法概説第二版」(2003)465頁以下
牧野利秋(監)飯村敏明(編)「座談会 不正競争防止法をめぐる実務的課題と理論」(2005)202頁以下、211頁以下
山本庸幸「要説不正競争防止法第4版」(2006)164頁以下
日本弁理士会中央知的財産研究所編「不正競争防止法研究 「権利侵害警告」と「営業秘密の保護」について」(2007)249頁以下(川瀬幹夫)

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■参考判例

トーレラザールコミュニケーションズ競業避止義務事件
東京地決平成16.9.22平成16(ヨ)1832業務禁止仮処分PDF