最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

幼児向け教育ビデオキャラクター事件

東京地裁平成20.7.4平成18(ワ)16899損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官      平田直人
裁判官      柵木澄子


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■事案

幼児向け教育用DVD商品に使用された博士キャラクター
イラストの類似性が争われた事案

原告:ビデオソフト製作販売会社
被告:CD、DVDソフト販売会社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、21条、27条、
    不正競争防止法2条1項1号


1 原告博士絵柄の創作性
2 原被告博士絵柄の類似性
3 原告博士絵柄の商品等表示性、周知性

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■判決内容

<経緯>

       原告関連会社が原告商品(幼児向け教育用VHSビデオ)を
       制作、原告に著作権譲渡
H9.4    原告が原告商品を販売
H11.5   原告被告間でビデオ版のOEMライセンス契約
H12.6   原告被告間でDVD版のOEMライセンス契約(都合3点の商品)
H13.12   被告が被告博士絵柄を外注製作
H17.7   4点の被告商品の映像などで被告博士絵柄を使用
H19.1.24  原告が各ライセンス契約について解除の意思表示

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<争点>

1 原告博士絵柄の創作性

被告商品で使用する博士絵柄が、原告商品で使用する博士絵柄に
類似するとして複製権及び翻案権侵害性が争われました。

まず、原告博士絵柄の創作性について、裁判所は、

原告博士絵柄は,角帽やガウン,髭などにより,物知りの博士をイメージした人物という点で,ある程度の権威付けをしながらも,特に,幼児向けという原告商品の特性を念頭に置いて,ふっくらとした顔や目つき,2頭身や大きな手振りなどにより,優しそうで親しみのある雰囲気を描いていることに特徴があるといえる。
(17頁)

としたうえで、

原告博士絵柄は,全体としてみたとき,前記(1)のような特徴を備えた博士の絵柄の一つの表現であって,そこに作成者の個性の反映された創作性があるというべきであり,原告商品の一部を構成する原告博士絵柄の登場する画像の著作物として,創作的な表現とみることができるものと認められる。
(18頁)

として、原告博士絵柄の創作性を肯定しています。

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2 原被告博士絵柄の類似性

次に、原告博士絵柄と被告博士絵柄の共通点と相違点、それに原告
被告間のライセンス契約上、被告博士絵柄が原告博士絵柄に似せて
3Dモデリングソフトで製作された経緯を踏まえ両者の類否が検討され
ています。

(共通点)
・角帽を被ってガウンをまとう二頭身の年配男性の博士
・下ぶくれの台形状の顔のつくり、カイゼル髭

(相違点)
・全体の質感、輝き、縦横の比率
・耳の有無、鼻の形、瞳の色
・角帽の被り方、ガウンのデザイン


裁判所は、

原告博士絵柄と被告博士絵柄とを対比すると,原告博士絵柄と被告博士絵柄とは,前記(1)アのとおりの共通点があり,また,同ウの由来を考慮すれば,元来,被告博士絵柄は,原告博士絵柄に似せて製作されたものということができるものの,同イの相違点に照らすと,絵柄として酷似しているとは,言い難いものと認められる。
(20頁)

そして、共通性のある表現部分は、アイデアあるいは創作性の認め
られないありふれた表現部分において同一性を有するに過ぎないと
して被告博士絵柄に原告博士絵柄を表現する固有の本質的特徴を
看取することはできないと結論付けています。
(18頁以下)

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3 原告博士絵柄の商品等表示性、周知性

不正競争防止法に関する争点(商品・営業主体混同行為性)につい
て、原告商品が10万本単位で販売されている実績があるものの、商
品のパッケージや外装に記載されている原告博士絵柄が、コンテン
ツの主題となる絵や写真のいわば脇役として描かれているものにす
ぎないとして、原告博士絵柄の商品等表示性が否定されています。

また、仮に原告博士絵柄が商品等表示として周知であったとしても、
被告博士絵柄との類似性がなく商品の混同を生じさせるものではな
い、と裁判所は判断しています。
(21頁以下)

結論として、原告博士図柄に商品出所表示機能性、営業主体混同性
がなく、被告の不正競争行為性(不正競争防止法2条1項1号)は否定
されました。

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■コメント

判決文PDF35頁以下に、原被告絵柄が別紙で添付されていま
すが、これだけ見る限り、そっくりです。

先に原被告間で教育用ソフト販売に関するOEMライセンス契約
(被告ブランドでの販売)があって数年後に同種ソフトで類似の
キャラクターがライセンシー側で無断で使用されることとなった
ことから、一見するとライセンス契約違反、さらには依拠性もあ
って著作権侵害の可能性が高そうに思われる事案ですが、原告
絵柄が平板なものであるのに対して、被告絵柄は立体的で質感
があったこと、動きのある映像として見たときの絵柄の違いが
「明白」(21頁)だったことなどもあって、被告の行為は教育ソフト
で「博士のキャラクターを使う」というアイデアの盗用のレベルに
とどまり、著作権侵害性があると判断されるに至りませんでした
(なお、ライセンス契約違反性は争点とはなっていません)。

創作性の低い著作物においては、デッドコピーででもない限り保
護が難しくなります(本件で裁判所も「酷似」性を要求。20頁)。

とはいえ、契約関係があるなかであえて原告商品と競合するよう
な商品でしかも類似する博士キャラクターを登場させていること
からすれば、被告の行為に違法性が認められてもおかしくなかっ
たかもしれませんが、博士キャラクターが他社のコンテンツでも
多く利用されているタイプのものであったこと(7件の乙号証の提
出)や映像を示すなど、被告の丁寧な立証活動が棄却の結果に
繋がったのかもしれません。

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ところで、キャラクター絵柄を二次元から三次元に、静止画から
動画にするなどの場合のクリエイター(原作者、3Dデザイナー)、
代理店、クライアント三者の権利処理をしている実務感覚からす
ると、みなさん、著作権にはそうとう敏感になっていて、契約書
なしで済ませられる状況ではない昨今です。

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■参考サイト

原告商品
ビデオ・DVDソフト紹介

被告商品
通販ショップ

*被告商品の現在のラインナップでは、イラストを差替えて
いるようです。

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■追記09/10/09

津幡 笑「絵画的な表現の著作物の保護範囲-博士イラスト事件-」『知的財産法政策学研究』24号97頁以下(2009)