裁判所HP 知的財産裁判例集より

「ゴーストライター共同著作物」事件

東京地裁平成20.2.15平成18(ワ)15359損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官     平田直人
裁判官     柵木澄子


■事案

自叙伝出版にあたりゴーストライターとの書籍の共同著作物性が
争われた事案


原告:フリーライター
被告:医大教授、出版社


■結論

請求一部認容


■争点

条文 著作権法第2条1項12号、21条、27条、19条、20条

1 書籍の共同著作物性
2 著作権の持分割合
3 著作権侵害性
4 著作者人格権侵害性
5 差止め及び廃棄の必要性
6 損害論
7 謝罪広告の要否


■判決内容

<経緯>

H14    被告が原告に「運命の顔」執筆を依頼し原告が了承
H14.12   草思社が原告に執筆を依頼
H15.10.30 「運命の顔」を草思社で刊行
H16.11.30 「さわってごらん、ぼくの顔」を被告汐文社で刊行


<争点>

1 書籍の共同著作物性

被告は、「運命の顔」が被告の自叙伝であり、原告はたんなる
被告の口述表現の代筆者にすぎず、著作者ではないとして、
「運命の顔」書籍の共同著作物性について反論しました。

ところで、原告は、「運命の顔」執筆にあたり被告本人への
インタビューや周辺取材など、いわゆる構成作業を行った上で
第1原稿を作成しました。
被告はこの第1原稿に対して加筆や削除等の指摘をし、それに
沿った修正を原告が行うということを引き続く第2原稿、第3原稿
でも繰り返し、原告が推敲を重ねた上で最終原稿を完成させています。

こうした「運命の顔」執筆の経緯をふまえ、裁判所は、

原告は,本件書籍の文章表現について,単に被告Bの口述表現を書き起こすだけといった,被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく,自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる。また,被告Bは,自らの体験,思想及び心情等を詳細に原告に対して口述し,被告Bの口述を基に原告が執筆した各原稿について,これを確認し,加筆や削除を含め表現の変更を指摘することを繰り返したのであるから,被告Bも,本件書籍の文章表現の創作に従事したものと認められる。

 そうすると,本件書籍の文章表現は,原告及び被告Bが共同で行ったものであり,原告と被告Bとの寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当であるから,本件書籍は,原告と被告Bとの共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるというべきである。
(17頁以下)

「運命の顔」書籍の原告と被告による共同著作物性を
肯定しています。


2 著作権の持分割合

共同著作物の著作権の持分割合については、書籍の印税割合が
原告:被告が65:35と合意により取決められていたことから、
その割合で持分割合も認定されています。
(18頁以下)


3 著作権侵害性

被告らが刊行した「さわってごらん、ぼくの顔」と「運命の顔」の
対比の結果、「さわってごらん、ぼくの顔」において「運命の顔」の
文章の内容及び形式を覚知させるものであり(複製)、少なくとも
表現形式の本質的な特徴を直接感得することができるものである
(翻案)として両書の類似性が肯定されいます。

また、依拠性についても、「さわってごらん、ぼくの顔」本文や
末尾のプロフィールに「運命の顔」書籍が紹介されていることや
「さわってごらん、ぼくの顔」が「運命の顔」の子ども向け書籍
としての位置づけであったことなどから肯定されています。
(19頁以下)

結論として、被告と被告出版社の共同不法行為が認められています。


4 著作者人格権侵害性

原告に無断で改変が加えられていること、また原告の氏名が表示されて
いなかったことから、同一性保持権および氏名表示権(20条、19条)
の侵害性が肯定されています。
(20頁以下)


5 差止め及び廃棄の必要性

被告書籍の複製、頒布の差止めと被告出版社については在庫の廃棄の
必要性が肯定されています。
(21頁)


6 損害論

財産的損害については、著作権法114条3項(使用料相当額)での
算定方法が採用されて22万8150円、精神的損害については30万円、
弁護士費用10万円と判断されています。
(21頁以下)


7 謝罪広告の要否

もともとが被告の体験や心情等を綴った自叙伝であることや、
原告の氏名も「構成」として記載されるにとどまること、販売部数が
7500部とそう多くはないことなどから原告に対する社会的な名誉が
毀損されたとまで認めることはできず、謝罪広告の掲載の必要はない
と判断されています。
(24頁)


■コメント

2003年に刊行された「運命の顔」は草思社によるものですが、
草思社は2008年1月9日に民事再生法の適用を申請、負債総額
22億円余りで事実上倒産しています。

こうした背景もあって草思社での出版が叶わなかったのか、
子ども向けバージョンは児童書を専門とする被告出版社が適任と
判断したのかその辺の背景事情がよくわかりませんが、
出版社を代えての「さわってごらん、ぼくの顔」刊行は、
構成担当者を無視した取扱いをしたことで今後、いずれの書籍も
場合によっては出版(重版)できないという最悪の結果となりました。

被告は、原告との執筆契約は「ゴーストライター契約」(6頁)
にすぎずゴーストライターは著作者としての地位には立たないと
主張していますが、それなら執筆報酬を編プロと清算する場合の
ように一括で支払えば良いわけですが、そうはせずに印税方式で
支払っている以上、重版や翻案のような場面ならちゃんと
払わないとゴーストライターも間尺に合いません。


■参考サイト

被告サイト
タッチ先生 藤井輝明 オフィシャルサイト

Matimulog(08/02/18)
jugement:「運命の顔」著作権侵害事件

企業法務戦士の雑感(08/02/19)
■[企業法務][知財]「ゴーストライター契約」の抗弁


■参考文献

柳沢真実子「ゴーストライターの氏名表示権」『著作権法と民法の現代的課題 半田正夫先生古稀記念論集』(2003)111頁以下


■追記(08.02.26)

石井政之さんのブログ記事
『石に泳ぐ魚』論 血管腫の大学教授に賠償命令