裁判所HP 知的財産裁判例集より

「酒類販売店顧客情報営業秘密」事件

東京地裁平成19.5.31平成17(ワ)27477等損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 設楽隆一
裁判官     古河謙一
裁判官     間史恵


■事案

退職従業員が顧客データなどの営業上の情報を不正取得
したかどうか(第1事件)、また原告が被告の名誉を毀
損したかどうか(第2事件)が争われた事案

原告(第1事件):酒類等販売会社
被告(第1事件):原告会社元従業員ら



■結論

請求棄却(第1事件)


■争点

条文 不正競争防止法2条1項4号、14号、2条6項等

1 秘密管理性の成否
2 取締役の忠実義務違反性の成否(略)
3 雇用契約上の誠実義務違反性の成否
4 営業誹謗行為性の成否
5 一般不法行為性の成否


■判決内容

経緯

被告らは原告会社の元従業員で退職後競業することになる
被告会社などに就職。
その際に原告会社の顧客情報や見積書など営業上の情報を
持ち出し・利用したのではないかが争点となりました。


争点

1 秘密管理性の成否

得意先住所などのデータ「得意先コードブック」、卸した商
品名などの「得意先特殊単価リスト」、得意先の売上金額な
どの「得意先ABC分析表」(これら3件を総称して「顧客デー
タ」といいます)、および新規取引先などに提示する「見積
書」の控えなどが営業秘密(不正競争防止法2条6項)にあた
るかどうかがまずは問題となりました。


結論的には、秘密管理性がないとしてこれらの営業デ
ータは営業秘密にはあたらないとされました。
(27頁以下)

情報管理マニュアルがなく就業規則などにも秘密保持義務規
程がなく、またデータへのアクセス制限、証票類への秘密性
表示も欠く状況でした。


3 雇用契約上の誠実義務違反性の成否

・被告Aによる違法な引き抜き行為があったか
・被告らは退職後に競業行為を行わないとの合意(競業避止
  義務)を負っていたか
・被告らは在職中に競業行為を行ったか


いずれの点についても裁判所は否定しています。
(32頁以下)


4 営業誹謗行為性の成否

被告らが取引先に対して原告に関する営業誹謗行為をしたか
どうかが争われましたが、認定されるに至っていません。
(47頁以下)


5 一般不法行為性の成否

被告らが再就職した会社(被告会社)が新規に獲得した顧客は120件
余り、原告の取引先全体の10%、売上金額9%に及ぶものでした
(49頁)。

しかし、結論的には、裁判所は被告らによる社会通念上自由
競争の範囲を逸脱した違法な営業活動があったとは認定しま
せんでした。
(48頁以下)


なお、原告会社は被告Aの素行調査を行ったり、名誉を毀損する
内容の通知書を取引先に郵送しており、名誉毀損やプライバシ
ー侵害が肯定されて原告に対する損害賠償が認められていま
す。
第2事件、51頁以下)


■コメント

原告会社は大正時代創業の町の酒屋さんが法人成りしたもので、
現在では従業員30名、1200件の取引先を抱える中小企業でした。

原告会社の役員は全員家族という家族経営で、古くからの従業
員の退職問題をきっかけにほかの数名も退職したという状況で
した。

退職金問題や被告らの再就職先に取引先を1割も持って行かれ
てしまったことから、原告としても黙ってはいられなかったの
でしょう。


どこにでもある町の中小企業のかたが営業秘密保護体制を不正競
争防止法や判例で要求されるレベルで整備するのは至難かもしれ
ませんし、事案の内容からするともともと従業員の職業選択の自
由の保護の点から不正競争防止法での保護は困難だったかもしれ
ません。

従業員の退職時に起こりうる紛争状況について網羅されていて参
考になる事例です。


さて、余談ですが、

・「人材派遣業営業秘密侵害」事件
  大阪地裁平成19年02月01日平成17(ワ)4418
・「電磁波吸収材ノウハウ」事件
  東京地裁平成19年03月16日平成17(ワ)18066
・「出会い系サイト営業秘密」事件
  大阪地裁平成19年05月10日平成18(ワ)5172
・「水門開閉装置営業秘密」事件
  大阪地裁平成19年05月24日平成17(ワ)2682


と、営業秘密関連事件としては裁判所サイトに現れた事案は今回
の事案でことし5件目となります。

去年は1年で5件(一審は4件)ですから、ますます増加の兆しあり、
でしょうか?

2006年

・「大正製薬VSダイコク:原価セール」事件
  知財高裁平成18年02月27日平成17(ネ)10007
・「平成電電」事件
  東京地裁平成18年3月30日平成16(ワ)25297
・「在宅介護サービス」事件
  東京地裁平成18年07月25日平成16(ワ)25672
・「P2P型認証システム」事件
  東京地裁平成18年07月31日平成17(ワ)8362
・「レース編み機プログラム」事件
  東京地裁平成18年12月13日平成17(ワ)12938



■追記(07.07.30)

企業法務戦士の雑感
■[企業法務][知財] 対決・東京vs大阪〜営業秘密編