裁判所HP 知的財産裁判例集より

「華道専正池坊家元」事件


★控訴審

大坂高裁平成18.9.20平成17(ネ)3088 損害賠償等請求控訴事件 不正競争 民事訴訟PDF

大阪高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官 若林諒
裁判官    小野洋一
裁判官    長井浩一


★原審
神戸地裁平成15年(ワ)3075号(裁判所HP未登載)


■事案

華道池坊の一派(華道専正池坊)の
家元の地位をめぐって争われた事案。

原告:家元(四代目)
被告:事務局長(自称五代目)



原告が四代目家元に就任して1年も経たないうちに
緊急役員会により一方的辞任に追い込まれ、
五代目家元には事務局長が就任しました。

四代目家元が、この五代目家元となった事務局長を被告として
家元の地位の確認、「華道専正池坊」「専正」
「ロイヤルフラワーアレンジメント」などの標章の使用差止等を
不正競争防止法などを根拠として請求しました。



■結論

一部変更(原告側家元勝訴)

原審に引き続き四代目家元が勝訴


■争点

条文 不正競争防止法2条1項1号、2号、商標法

1 家元たる地位の確認
2 不正競争行為の肯否
3 商標権侵害行為の肯否
4 名称使用権限の有無
5 権限濫用の肯否


■判決内容

1 家元たる地位の確認

裁判所は、家元たる地位が法律上の地位であることを認定のうえ、
家元選任方法、家元辞任にいたる経緯などを詳細に検討。
四代目家元の辞任、役員会における五代目家元選出は
無効であるとして、四代目による家元としての
地位確認の請求を肯定しました。
(36頁以下)


2 不正競争行為の肯否

家元によって行われる華道、煎茶道の教授、普及その他の活動は、
不正競争防止法2条1項1号の「営業」にあたる。
また、「華道専正池坊」などの名称は「商品等表示」にあたり、
さらに「周知性」の要件も具備する。そして
被告による同一又は類似する営業表示による活動は誤認混同のおそれがある、
として不正競争行為性を肯定しています。
(37頁以下)

論点的には華道事業の「営業」性がありますが、
従来の判例の立場にたったもので本事案では
争点とはなっていません。


3 商標権侵害行為の肯否

これといった争点もなく、侵害性を肯定しています。


4 名称使用権限の有無

1 家元と事務局、また事務局長との法律関係について、
被告側は家元から業務委任契約に付随するものとして
名称使用を許諾されていたと主張していました。

しかし、裁判所は、事務局長はあくまで事務局の
事務処理の範囲において名称を使用できるにすぎず、
事務局長が五代目家元として名称を使用することまでは
認められるものではない、として被告側の主張を退けました。
(41頁以下)


2 さらに被告側は、名板貸類似の双務契約が成立していた
とも主張。

しかし、裁判所は、家元が事務局(事務局長)に事務手続と経理処理を
委任していたに過ぎず事務局長に免状発行権限があるわけではない。
被告が原告の名称(四代目家元)を使用して自己の計算で
事業活動を行っていたわけではない、として
この点の主張も容れませんでした。
(42頁以下)


5 権限濫用の肯否

被告側の事務局の経理処理上の疑義に端を発したうえでの
家元と事務局との業務委任契約の解消は、不合理とはいえず
原告の名称等の差止請求は権利濫用にはあたらないとしました。


■コメント

法律論争ではなくて、家元はだれか、という
事実認定中心の事案です。


興味深かったのは家元と事務局との法律関係についての
考え方。


1家元→事務局  家元から事務局へ事務処理・経理処理を
             業務委託している(委任契約

2事務局→家元  家元は給料をもらうたんなる従業員(労働契約

3事務局←→家元  名板貸類似の双務契約
              家元の名を借りて免状も含めて
              実質は事務局が判断
              家元はその対価を報酬として得る  


裁判所は最終的には1の考え方を前提としました。


四代目家元は、三代目からの指名によって
就任した方です。
対する自称五代目は事務局長で創始者の血縁に当たる方。

四代目家元は副家元として20年以上の
華道のキャリアがありますが、被告側に言わせると

流派の実技を学んだことはなく、伝統的花形(花型)を
生けることも指導することもできない
」(17頁)

家元は事務局の「従業員にすぎない存在」(21頁)

と、辛辣な評価です。

今回の紛争の直接のきっかけは、事務局長の経理処理について
不正(株式投資等への流用)が疑われたため、
四代目家元が事務局長を解任、事務局の住所も移して
事務局との関係を断絶しようとしたところから始まります。

もっとも、判決文を読むと分かりますが、
二代目以降の家元の「技」を被告側は認めていません。
紛争の根は相当深いものだったといえます。


名目的な家元と、創始者と血縁関係もあり実権を握っていた
事務局長との対立。

判決では原審、控訴審ともに四代目家元の勝ち、となりましたが
いちばん迷惑なのは、混乱の渦中に置かれた2万人いる教授や会員の方たちです。


それにしても、先日の沖縄古武道団体内紛訴訟
某空手団体内紛訴訟とお稽古事のセカイには
紛争の多いこと。


なお、不正競争防止法関連判例に現れた
お稽古事内紛事件モノとしては、

都山流尺八楽会事件」(大阪高判S54.8.29)
花柳流名取事件」(大阪高決S56.6.26)
音羽流家元事件」(大阪高判H9.3.25)

などがあります。