裁判所HP 知的財産裁判例集より

平成18.5.11東京地裁平成17(ワ)26020損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 設樂隆一
裁判官    荒井章光
裁判官    鈴木千帆


関連判例

★対柏書房株式会社訴訟
東京地裁 平成18.3.23平成17(ワ)10790 著作権侵害差止等請求事件 著作権 民事訴訟PDF

★対株式会社新橋玉木屋訴訟
東京地裁 平成11.9.28平成10(ワ)14180 著作権侵害差止等請求事件PDF


過去のブログ記事
江戸庶民風俗図絵模写」事件〜著作権侵害差止等請求事件判決(知的財産裁判例集)〜 - livedoor Blog(ブログ)


■事案

江戸庶民風俗図絵の模写絵の二次的著作物性を
巡って争われた事案。

江戸時代に書かれた風俗図などの元絵を
原告の研究家(画家)が模写して書籍にまとめて
出版していました。
この模写絵を被告が自社商品のパッケージ図柄に
無断で使用したというものです。



■結論

請求棄却(原告江戸研究家側の敗訴)



■争点

条文 著作権法第2条1項1号・11号、21条

1 模写の著作物性



■判決内容

1 模写の著作物性

模写の著作物性についての規範部分について、

絵画における模写とは,一般に,原画に依拠し,原画における創作的表現を再現する行為,又は,再現したものを意味するものというべきである。したがって,模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのものであり,新たな創作的表現が付与されたものと認められない場合には,原画の複製物であると解すべきである。これに対し,模写作品に,原画制作者によって付与された創作的表現とは異なる,模写制作者による新たな創作的表現が付与されている場合,すなわち,既存の著作物である原画に依拠し,かつ,その表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ,その具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には,これは上記の意味の「模写」を超えるものであり,その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである。』(17頁)

と判示。

そして、あてはめとしては以下のように判断して
二次的著作物性を否定しています。


上記のとおり,原告絵画を本件原画と比較すれば,原告絵画が本件原画の模写作品であるため,江戸時代の豆腐屋の店先における日常の出来事を躍動的に描こうとした本件原画の特徴的な表現をそのまま再現しているものというべきであり,その間に実質的同一性があることは明らかである。』(21頁)


そのうえで、創作的な表現が付加されていない点についても


原告絵画においては,確かにこれを詳細に見れば,本件原画における,男性の頭が肩にめり込み,怒り肩になっていた浮世絵に特徴的な誇張的表現を,首のめり込む程度を若干減らし,怒り肩も若干盛り上がりを抑えた表現で描かれているものの(甲1,甲13),全体的に見ると両者の差異は細部における僅かなものであり,これを原告絵画における創作的な表現とみることは到底できないものである。また,原告絵画においては,女性に背負われた幼児の頭が反り返った程度が,若干抑えられて描かれているものの(甲1,甲13),これにより,石臼をひくために前傾姿勢を取っている女性と首を後ろに傾かせて寝ている幼児とのバランスに特段の変化が生じているということもできず,これを原告絵画における創作的な表現とみることもできない。さらに,画面右側上部の奥座敷に座り,油揚げを揚げている老婆については,本件原画より原告絵画の方が若干小さく描かれているほか,顔のしわなどの描写が多少簡略化して描かれているものの(甲1,甲13),顔のしわの描写については単に簡略化されただけであるとの印象を否定することはできず,老婆の体の大きさがやや小さめに描かれているとしても,その姿態から着物の柄に至るまで実質的に同一であり,そこに何らかの創作的な表現が付加されたことを肯定することはやはり困難である。またさらに,豆腐屋の店舗の様子についても,画面左下にある豆腐を入れる箱の上部四隅の金具,屋根,屏風の色ないし明暗,及び登場人物の着物の色などにおいて,異なる部分があるものの(甲1,甲13),これらは原告絵画において,精密な描写を省略し,若干の簡略化がなされたという程度のものであるとの印象を否定することはできず,そこに何らかの創作的な表現が付加されたものということはできない。』(21、22頁)


以上のように判断しました。


参考絵画が参照できなかったので少し長いですが
当てはめの部分を引用してみました。

なお、被告商品には、原告画家の氏名が表示されていました
(表記「江戸時代B画」)。
しかし、この点は被告側のたんなる誤信と判断されて
結論を左右するには至りませんでした。



■コメント

江戸風俗研究家の原告(本人、遺族)が提起した
江戸庶民図絵にかかわる著作権紛争としては
平成11年の佃煮屋新橋玉木屋事件、
今年に入っての出版社柏書房事件に続いて
今度が三件目の訴訟となります。

今回は豆腐屋である日本ビーンズが
被告となりました。

日本ビーンズ(株)


新橋玉木屋事件では、「煮豆売り」の図柄が、
柏書房事件では、「酒屋図絵」「怪談浮世絵」「焼継師図絵
蚊遣り図絵」などが問題となり、
今回の事件では、江戸時代の豆腐屋の店先を描いた浮世絵が
元絵となる「豆腐屋」図柄が問題となっています。


対柏書房事件訴訟では、被告出版社側に慰謝料1000万円
請求していて被告側の対応がどのようなものだったのか
気がかりでしたが、
今回の対日本ビーンズ訴訟では、なんと総額2億8千万円余り
(うち慰謝料部分は6800万円余り)。

14年間にわたって断続的に商品パッケージに
利用されていたということから
請求総額が膨れてしまったのでしょうが、それにしても
莫大な金額です。
(なお被告は、平成17年に警告を受けてすぐに使用を中止しています。)


原告研究家の氏名が商品パッケージに表示されたこともあるので
いくばくかの金員支払いで和解できればよかったのでしょうが、
原告側の請求額が大きすぎて、折り合いがつかず
結局著作物性の有無からの判断を余儀なくされてしまった。

いずれにしても今回は、被告側完勝といえそうです。


■追記(06.6.04)

より柔軟な裁判所の判断の余地について、
「企業法務戦士の雑感 」さんの記事参照。
[企業法務][知財] 「模写」作品の著作物性

■追記(07.06.24)

村井麻衣子「模写における創作性の判断基準-豆腐屋事件-」
      『知的財産法政策学研究』15号(2007)341頁以下

本論文363頁以下に本件原画やパッケージが掲載されています。