最高裁判所HP 知財判決速報より

H18.2.27 東京地裁 平成17(ワ)1720 著作権 民事訴訟事件


■事案

職務命令で社外講習会の講師として講習資料を作成した場合の
資料の職務著作物性(著作権法15条)が争われた事案


■結論

請求棄却(原告従業員側敗訴)


■争点

条文 著作権法第15条、19条、20条

1 職務著作物(15条)の成否 特に「公表名義」の要件
2 氏名表示権侵害の有無(19条)
3 同一性保持権侵害の有無(20条1項、同2項4号)
 

■判決内容

平成10年度〜14年度の外部講習会での講師を命じられた原告は
自分で資料を作成し3年にわたり講師を務めました。
その後2年は、同じ部署の後輩がこの原告の12年度資料
元に13年度資料、14年度資料を作成、これを利用しながら
講師を務めました。

社内での「嫌がらせ」など人間関係のもつれからか
講習資料の利用関係、著作者性をめぐって
外部の公益社団法人である講座主催団体をも巻き込んで
争われる事態となりました。


1 職務著作物(15条)の成否 「公表名義」の要件

ところで、12年度講習資料は

講習資料集の表紙には,上部の囲み内に,当該年度と,「計装士技術維持講習」の文字とが2段で表示され,その下に,当該年度で行われる維持講習のテーマが箇条書きで表示され,下部に被告工業会の名称が表示されている

各テーマの講習資料は,それぞれ表紙が付され,表紙には,上部の囲み内にテーマが表示され,下部に「講師」という表示に続いて,講師の所属部署や役職とともに,氏名が表示されている。表紙に続いて目次が設けられているが,目次の体裁は,各テーマの講習資料によって異なっており,ページ数も,各テーマの講習資料内で完結しており,講習資料集としての通しページは,付されていない

という体裁のものでした。

このように著作者としての名義の表示が
あいまいであったこともあって講習資料の著作者の確定、
職務著作の成立要件である「公表名義」が
被告企業のものであったかどうかが争われました。


この点、判例は

12年度資料には,講師名として原告の氏名が表示されるのみであり,著作名義については,その表示がなされていないか,あるいは,講習資料集の表紙に表示されている被告工業会の著作名義と解すべきであり,被告会社の著作名義で公表されたと認めることはできない。

この点,被告らは,12年度資料の表紙に講師名として原告の氏名が表示されているが,被告会社の名称も付されており,被告会社が講習資料の内容について最終的な責任を負うことが表示されているから,被告会社の著作名義と評価することができると主張するとともに,仮に,講師としての表示が著作名義と評価できない場合には,著作名義を表示しないことを選択したということができ,公表するとすれば被告会社の著作名義が表示されることが予定されているものであるから,職務著作の公表要件を充足する旨主張する。

しかし,前記のとおり,12年度資料の表紙の講師名の記載は,講師と資料作成者とが異なることもあり得ることからすれば,講習資料の著作者を示したものとは認め難いし,加えて,講師名に付された被告会社の名称は,原告の所属する会社名を記載したにすぎないものと理解されるのが通常であって,被告会社が講習資料の内容について最終的に責任を負うことを表示したものと理解されるのは困難である。また,12年度資料は,被告会社の著作名義を付することなく平成12年度の維持講習の講習資料集としてまとめられて受講生に配布されており,既に公表されているのであって,被告会社の著作名義で公表されるべきものということもできない。したがって,被告らの主張は,いずれも採用することができない。

として、被告企業の名義であることを否定しています。


ところで、
職務著作物として原始的に著作物の著作者が
企業となる場合の要件(15条)としては、

1 法人等の発意に基づくもの
2 法人等の支配・従属関係にある従業者である
3 職務上作成するもの
4 法人等がその名義で公表するもの
5 契約等での別段の定めのないこと

があり、この点を具備しなければ企業に
著作者としての地位は認められません。

特に、公表要件は企業が著作者であることを
対外的に表明すること、また
従業員も創作の実態に即してその過程に
参画していることを明らかにする、
さらに企業が著作者人格権の主体として評価を受け
うるという重要な機能を持つ(作花文雄
詳解著作権法第三版」(2004)195頁以下)
ため、適切な表示が求められます。


ところで、公表名義の判断方法については
形式的判断によるべきか、実質的判断によるべきか
議論があります(潮海久雄「職務著作制度の基礎理論
(2005)20頁以下)。

この点、潮海先生は、田村先生が形式的判断説に立たれて
いる点について(田村善之「著作権法概説第二版
(2001)385頁)批判を加えられています(潮海前掲書25頁以下)。
(なお、実質的判断説に立つ見解として加戸守行
著作権法逐条講義四訂新版」(2003)176頁参照。)


本判決は、基本的には名義の表示から形式的に
判断していますが、被告側の主張に応える形で
著作物の利用目的も含めて実質的な判断を
加えています。
実質的な判断を加えている点では後掲の判例
(潮海前掲書24頁以下参照)と同様の立場にあると
いえます。


結論としては、裁判所は15条の各要件を検討、そのうえで
公表名義の要件のみ欠くとして15条の職務著作性を否定。

著作者は原告の(元)従業員であると認定しました。


2 氏名表示権侵害の有無(19条)

原告の後輩(判決文中のB)が13年度資料、14年度資料中に
講師としてB名義の表示を付した点が、
著作者としての原告の氏名表示権を侵害することになるか
どうかも争われました。

この点、判例は

12年度資料の表紙に講師名として記載されている原告の氏名の表示は,あくまでも当該維持講習の講師名を表示するものであって,12年度資料の著作名義を表示するものとはいえず,氏名表示権の,著作者名を表示するかしないかを選択する権利であるという側面からみた場合,原告は,12年度資料について,少なくとも,原告の氏名を著作者名として表示しないことを選択しているものと解される。そうすると,13年度資料及び14年度資料に講師名としてBの氏名を付するとともに,その他は,12年度資料及び同資料を含む講習資料集と同様の表示をして,平成13年度及び平成14年度の維持講習の講習資料集を作成し,使用することは,著作者名を表示しないこととした原告の措置と同様の措置をとっていることになるから,著作者名の表示に関する原告の当時の意思に反するものではなく,原告の氏名表示権を侵害するものとはいえないと解するのが相当である。

として、氏名表示権侵害性を否定しました。


3 同一性保持権侵害の有無(20条1項、同2項4号)

後輩のBは、原告作成の12年度講習資料をもとに
これに変更を加え13,14年度講習資料を作成しました。
この点が、被告側による原告の同一性保持権侵害と
ならないかが争われました。

判決では、同一性保持権侵害の有無の判断について
そもそも「改変」(20条1項)にあたるのか、
そして「改変」にあたるとしても例外許容規定である
やむを得ないと認められる改変」(20条2項4号)に
あたらないかどうかという2つの点から
検討を加えています。


まず「改変」(20条1項)の意義について判例は、

著作者の有する同一性保持権は,著作物が,著作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり,それによって,著作者に対する社会的な評価が与えられることから,その同一性を保持することによって,著作者の人格的な利益を保護する必要があるとして設けられているものであり,「意に反してこれらの変更,切除その他の改変を受けないものとする。」(著作権法20条1項)という文言でその趣旨が表現されているものと解される。そして,意に反するか否かは,著作者の立場,著作物の性質等から,社会通念上著作者の意に反するといえるかどうかという客観的観点から判断されるべきであると考えられる。そうすると,同一性保持権の侵害となる改変は,著作者の立場,著作物の性質等から,社会通念上著作者の意に反するといえる場合の変更がこれに当たるというべきであり,明らかな誤記の訂正などについては,そもそも,改変に該当しないと解されるところである。

と述べています。
(この点について、作花前掲書241頁参照。)

そのうえで講習資料の性質利用目的等を検討。

そして問題となった変更部分15箇所はいずれも
「改変」にあたらないか、あるいは「改変」にあたる
としても例外許容される場合であるとして、
同一性保持権の侵害を否定しました。


なお、原告は12年度講座資料の利用関係の許諾
有無についても争いましたが、
裁判所は黙示的な承諾があったと認定しました。



■コメント

会社の職務命令で従業員が業界向けの講座で
講師を務める機会はよくあることだと思います。
特にその部門で専門的なスキルを持っていたり
過去に論文を書いている方ならなおさらでしょう。

今回、従業員は自らまとめた講習資料の著作者性
とその利用関係を争ったわけですが、
企業としては従業員との間で著作物の取扱いを
取り決めておくとともに
講習会主催団体側も企業側と事前に協議して
講習資料の著作権の取扱いに関して
(公表名義の表示方法なども含めて)
取り決めをしておくことが予防法務上必要
ではないかと思われます。




■参考判例

(15条関係)

ラストメッセージin最終号事件
H 7.12.18 東京地裁 平成06(ワ)9532 著作権 民事訴訟事件

ヴェリタス事件
H12.10.26 東京高裁 平成11(ネ)5784 著作権 民事訴訟事件

エスキース建築家事件
H13. 9.18 東京高裁 平成12(ネ)4816 著作権 民事訴訟事件


(20条関係)

法政大学懸賞論文事件
H3.12.19 東京高裁 平成02(ネ)4279 著作権 民事訴訟事件

■追記(06.3.10)

観光映画「九州雑記」事件
東京地裁S52.2.28 「最新著作権関係判例集1」665頁、667頁以下

イルカ写真事件
東京地裁H11.3.26 日本ユニ著作権センター/判例全文・1999-03-26



■参考文献

(15条関係)

森義之「職務著作」『新裁判実務大系 著作権関係訴訟法
    (2004)242頁以下

(20条関係)

佐藤薫「著作権法第20条2項第4号の解釈と表現の自由ーパロディを中心としてー
    『著作権研究17』(1990)111頁以下
斉藤博「新著作権法と人格権の保護」『著作権研究4』(1971)84頁以下
半田正夫編著(斉藤博)「著作権のノウハウ第六版」(2002)168頁以下
斉藤博「著作権法第二版」(2004)204頁以下
安倉孝弘「著作権関係事件の研究」(1987)279頁
元木伸「論文の改変」『著作権判例百選第三版』(2001)108頁以下
半田正夫「著作権法概説第12版」(2005)121頁以下

■追記(06.3.9)

本判決の意義について言及した「企業法務戦士の雑感」さんの
ブログ記事

「企業法務戦士の雑感」
■[企業法務][知財] 著作物は会社のものか Part2