2006年02月13日
「リバースエンジニアリング著作権侵害」事件〜損害賠償等請求事件判決(知財判決速報)〜
最高裁判所HP 知財判決速報より
★H18.2.10 東京地裁 平成16(ワ)14468 著作権 民事訴訟事件
■事案
システム開発に関する事業スキームが頓挫したことに伴い債務不履行、不法行為その他リバースエンジニアリングの著作権侵害性を争った事案
■結論
請求棄却(原告側敗訴)
■争点
条文 民法415条、709条、著作権法第21条
1 事業スキームの合意の成否、合意違反の有無
2 プログラムの類否、リバースエンジニアリングの違法性
■判決内容
1 事業スキームの合意の成否、合意違反の有無
住宅(マンション)向けインターホンを多機能化したシステムの開発・保守に
関して、システム開発会社(原告:システム開発受託会社)、システム営業・
販売会社(被告:システム開発委託会社)、そして端末機器(ハード)製作会社
(訴外)の三社による役割分担のもと、システム開発費の初期投資の回収は
その後の保守管理契約によって行うという事業スキームをシステム開発会社は
考えていました。
ところがその後この目論見が諸事情からご破算となったことから、
システム開発会社は、システムの開発を委託した会社に対して
事業スキーム合意違反を理由に損害賠償を請求しました。
裁判所は、システム開発に関する基本取引契約や請負契約、製造委託契約、
使用許諾契約、保守契約など各場面での契約関係を詳細に検討。
結論としては本件の事業スキームはいまだ合意には至っておらず、したがって、
合意違反に基づく損害賠償請求については理由がない、と判断しました。
2 プログラムの類否、リバースエンジニアリングの違法性
原告被告間での保守管理契約が1年間で打ち切られたことから、
被告は別のシステム開発会社に原告のシステム共通ライブラリ
(ソケット通信用関数、UNIX関数のWrapper関数、汎用ライブラリ関数などを
内容とするプログラム)の代替となるライブラリの開発を依頼、納品させ
運用しました。
そこで原告は、被告ライブラリは原告ライブラリの違法な
リバースエンジニアリングにより作成され、複製権または翻案権を
侵害するものであるとして著作権侵害もあわせて主張しました。
この点について判例は、
『a 以上の事実によれば,被告は,被告ライブラリの開発に当たり,本件アプリケーションの解析を通じて原告ライブラリに求められる機能,すなわちライブラリを構成すべき関数や両プログラムのインターフェース条件を明らかにすることができることを利用して,本件アプリケーションを解析することによって本件アプリケーションを機能させるために被告ライブラリに実装されるべき必要な関数の特定を行ったものであり,原告ライブラリそのものの解析を行ったものではない。
関数の実装についても,被告ライブラリを構成する65個の関数のうち,前記?−1ないし?−3の39個の関数は,既存の公開されている関数をそのまま又は一部修正して採用したものである。?−4及び?−5の関数は,特定された関数の処理内容の推測及び実装の段階で,原告ライブラリにテストプログラムをリンクさせているが,インプットとアウトプットとからブラックボックス(原告ライブラリの関数)での処理内容を推測したにすぎず,原告ライブラリのソースコード又はオブジェクトコード自体を知り得たものではない。
さらに,原告ライブラリは236個の関数から成るのに対し,被告ライブラリは65個の関数から成り,原告ライブラリに存在せず,被告ライブラリに独自に実装されている関数が少なからず存在するとの相違点が見られる。』
『b これらの点にかんがみると,被告ライブラリが原著作物である原告ライブラリの創作的な表現を再生していると認めることはできないし,また,被告ライブラリの開発行為が原告ライブラリに依拠して行われたものと認めることもできない。』
『c これに対し,原告は,原告ライブラリによる処理結果としての出力情報を調査解析して被告ライブラリが作成されたことをもって,違法なリバースエンジニアリングである旨主張する。しかしながら,原告ライブラリへの入力と出力との関係を調査解析して得られるものは,当該関数が実現している機能であり,それは,飽くまでアイデアにすぎないものとして著作権法上保護されないものといわざるを得ない。よって,この点に関する原告の主張は採用することができない。』
として、複製行為等を否定して著作権侵害性を認めませんでした。
■コメント
システム開発における事業スキームが破綻した場合、
とくにシステム開発受託会社に体力がなくて開発費に関する初期投資の回収が
思うように行かないと会社の命運にかかわる事態に発展します。
本件では、事業スキームについて協議が重ねられていましたが、
金額面や運用期間などで調整がつかず、またシステム運用の際に不具合が
発生したことなどから両社の関係は悪化しました。
システム納入までに時間的な制限があったことから、細部を詰められないままに
協議と開発が同時並行的に行われたことから両社の考え方の間の齟齬が
大きくなってしまったものと思われます。
本判決は、システム開発に関する契約現場の雰囲気を伝えるものとして
参考になります。
また、アプリケーションソフトの解析行為であるリバースエンジニアリングの
著作権法上の問題についてもある程度参考になると思われます。
■参考判例
★PC−8001用ベーシックインタープリタプログラムのオブジェクトプログラムを
解読して人間が判読できるように解説書として出版した行為について、
プログラムの著作物性、複製行為性が争われた事案として
東京地裁S62.1.30判決(マイクロソフト事件)参照。
・マイクロソフト事件
S62. 1.30 東京地裁 昭和57(ワ)14001 著作権 民事訴訟事件
■参考文献
★東京地裁S62.1.30判決(マイクロソフト事件)について
「最新著作権関係判例集」(1987)34頁以下
椙山敬士「パソコン用プログラム」『著作権判例百選第二版』(1994)60頁以下
★プログラムの著作物(著作権法10条1項9号)について
加戸守行「著作権法逐条講義四訂新版」(2003)124頁以下
田村善之「著作権法概説第二版」(2001)98頁以下
作花文雄「詳解著作権法第三版」(2004)106頁以下
TMI総合法律事務所編「著作権の法律相談」(2005)97頁以下
★プログラムの著作権法上の問題、侵害訴訟での立証等の問題について
田中雅敏「コンピュータプログラムの著作権に関する理論と判例研究」『現代社会と著作権法ーデジタルネットワーク社会の知的財産権ー』(苗村憲司ほか編著)(2005)85頁以下
本論文に掲載されているプログラムの著作物性に関する判例について、
・マイコンテストボックス事件
H12.12.26 大阪地裁 平成10(ワ)10259 著作権 民事訴訟事件
・オートくん事件(契約関係書類作成支援ソフト事件)
H14. 7.25 大阪地裁 平成12(ワ)2452 著作権 民事訴訟事件
・JR-CAD事件(電車架線設計図作画ソフト事)
H15. 1.31 東京地裁 平成13(ワ)17306 著作権 民事訴訟事件
★リバースエンジニアリングについて
田村前掲書226頁以下
作花前掲書689頁以下
古谷栄男ほか「知って得するソフトウェア特許・著作権第四版」(2005)123頁以下
田村「不正競争法概説第二版」(2003)333頁以下、340頁以下(不正競争防止法との関係について)
ジェーン・ギンズバーグ(斉藤博訳)「アメリカにおけるフェアユース問題について」『著作権研究26』(2000)160頁以下
なお、アメリカでのリバースエンジニアリング、フェアユースにかかわる裁判例について、
弁理士の井上雅夫先生のサイトより
・SONY v. CONNECTIX プレステ・エミュレータ事件控訴審判決
Sonyプレステ・エミュレータ事件
■追記(06.2.15)
リバースエンジニアリングの法的評価をアメリカの判例を中心に
論じたものとして
椙山敬士「ソフトウェアの著作権・特許権」(1999)20頁、29頁、124頁以下
■追記(06.2.17)
いつもながら示唆に富む論考を寄せられている
「企業法務戦士の雑感」さんの本事件に関する
ブログ記事がアップされています。
■[企業法務][知財] ベンチャー対大資本
★H18.2.10 東京地裁 平成16(ワ)14468 著作権 民事訴訟事件
■事案
システム開発に関する事業スキームが頓挫したことに伴い債務不履行、不法行為その他リバースエンジニアリングの著作権侵害性を争った事案
■結論
請求棄却(原告側敗訴)
■争点
条文 民法415条、709条、著作権法第21条
1 事業スキームの合意の成否、合意違反の有無
2 プログラムの類否、リバースエンジニアリングの違法性
■判決内容
1 事業スキームの合意の成否、合意違反の有無
住宅(マンション)向けインターホンを多機能化したシステムの開発・保守に
関して、システム開発会社(原告:システム開発受託会社)、システム営業・
販売会社(被告:システム開発委託会社)、そして端末機器(ハード)製作会社
(訴外)の三社による役割分担のもと、システム開発費の初期投資の回収は
その後の保守管理契約によって行うという事業スキームをシステム開発会社は
考えていました。
ところがその後この目論見が諸事情からご破算となったことから、
システム開発会社は、システムの開発を委託した会社に対して
事業スキーム合意違反を理由に損害賠償を請求しました。
裁判所は、システム開発に関する基本取引契約や請負契約、製造委託契約、
使用許諾契約、保守契約など各場面での契約関係を詳細に検討。
結論としては本件の事業スキームはいまだ合意には至っておらず、したがって、
合意違反に基づく損害賠償請求については理由がない、と判断しました。
2 プログラムの類否、リバースエンジニアリングの違法性
原告被告間での保守管理契約が1年間で打ち切られたことから、
被告は別のシステム開発会社に原告のシステム共通ライブラリ
(ソケット通信用関数、UNIX関数のWrapper関数、汎用ライブラリ関数などを
内容とするプログラム)の代替となるライブラリの開発を依頼、納品させ
運用しました。
そこで原告は、被告ライブラリは原告ライブラリの違法な
リバースエンジニアリングにより作成され、複製権または翻案権を
侵害するものであるとして著作権侵害もあわせて主張しました。
この点について判例は、
『a 以上の事実によれば,被告は,被告ライブラリの開発に当たり,本件アプリケーションの解析を通じて原告ライブラリに求められる機能,すなわちライブラリを構成すべき関数や両プログラムのインターフェース条件を明らかにすることができることを利用して,本件アプリケーションを解析することによって本件アプリケーションを機能させるために被告ライブラリに実装されるべき必要な関数の特定を行ったものであり,原告ライブラリそのものの解析を行ったものではない。
関数の実装についても,被告ライブラリを構成する65個の関数のうち,前記?−1ないし?−3の39個の関数は,既存の公開されている関数をそのまま又は一部修正して採用したものである。?−4及び?−5の関数は,特定された関数の処理内容の推測及び実装の段階で,原告ライブラリにテストプログラムをリンクさせているが,インプットとアウトプットとからブラックボックス(原告ライブラリの関数)での処理内容を推測したにすぎず,原告ライブラリのソースコード又はオブジェクトコード自体を知り得たものではない。
さらに,原告ライブラリは236個の関数から成るのに対し,被告ライブラリは65個の関数から成り,原告ライブラリに存在せず,被告ライブラリに独自に実装されている関数が少なからず存在するとの相違点が見られる。』
『b これらの点にかんがみると,被告ライブラリが原著作物である原告ライブラリの創作的な表現を再生していると認めることはできないし,また,被告ライブラリの開発行為が原告ライブラリに依拠して行われたものと認めることもできない。』
『c これに対し,原告は,原告ライブラリによる処理結果としての出力情報を調査解析して被告ライブラリが作成されたことをもって,違法なリバースエンジニアリングである旨主張する。しかしながら,原告ライブラリへの入力と出力との関係を調査解析して得られるものは,当該関数が実現している機能であり,それは,飽くまでアイデアにすぎないものとして著作権法上保護されないものといわざるを得ない。よって,この点に関する原告の主張は採用することができない。』
として、複製行為等を否定して著作権侵害性を認めませんでした。
■コメント
システム開発における事業スキームが破綻した場合、
とくにシステム開発受託会社に体力がなくて開発費に関する初期投資の回収が
思うように行かないと会社の命運にかかわる事態に発展します。
本件では、事業スキームについて協議が重ねられていましたが、
金額面や運用期間などで調整がつかず、またシステム運用の際に不具合が
発生したことなどから両社の関係は悪化しました。
システム納入までに時間的な制限があったことから、細部を詰められないままに
協議と開発が同時並行的に行われたことから両社の考え方の間の齟齬が
大きくなってしまったものと思われます。
本判決は、システム開発に関する契約現場の雰囲気を伝えるものとして
参考になります。
また、アプリケーションソフトの解析行為であるリバースエンジニアリングの
著作権法上の問題についてもある程度参考になると思われます。
■参考判例
★PC−8001用ベーシックインタープリタプログラムのオブジェクトプログラムを
解読して人間が判読できるように解説書として出版した行為について、
プログラムの著作物性、複製行為性が争われた事案として
東京地裁S62.1.30判決(マイクロソフト事件)参照。
・マイクロソフト事件
S62. 1.30 東京地裁 昭和57(ワ)14001 著作権 民事訴訟事件
■参考文献
★東京地裁S62.1.30判決(マイクロソフト事件)について
「最新著作権関係判例集」(1987)34頁以下
椙山敬士「パソコン用プログラム」『著作権判例百選第二版』(1994)60頁以下
★プログラムの著作物(著作権法10条1項9号)について
加戸守行「著作権法逐条講義四訂新版」(2003)124頁以下
田村善之「著作権法概説第二版」(2001)98頁以下
作花文雄「詳解著作権法第三版」(2004)106頁以下
TMI総合法律事務所編「著作権の法律相談」(2005)97頁以下
★プログラムの著作権法上の問題、侵害訴訟での立証等の問題について
田中雅敏「コンピュータプログラムの著作権に関する理論と判例研究」『現代社会と著作権法ーデジタルネットワーク社会の知的財産権ー』(苗村憲司ほか編著)(2005)85頁以下
本論文に掲載されているプログラムの著作物性に関する判例について、
・マイコンテストボックス事件
H12.12.26 大阪地裁 平成10(ワ)10259 著作権 民事訴訟事件
・オートくん事件(契約関係書類作成支援ソフト事件)
H14. 7.25 大阪地裁 平成12(ワ)2452 著作権 民事訴訟事件
・JR-CAD事件(電車架線設計図作画ソフト事)
H15. 1.31 東京地裁 平成13(ワ)17306 著作権 民事訴訟事件
★リバースエンジニアリングについて
田村前掲書226頁以下
作花前掲書689頁以下
古谷栄男ほか「知って得するソフトウェア特許・著作権第四版」(2005)123頁以下
田村「不正競争法概説第二版」(2003)333頁以下、340頁以下(不正競争防止法との関係について)
ジェーン・ギンズバーグ(斉藤博訳)「アメリカにおけるフェアユース問題について」『著作権研究26』(2000)160頁以下
なお、アメリカでのリバースエンジニアリング、フェアユースにかかわる裁判例について、
弁理士の井上雅夫先生のサイトより
・SONY v. CONNECTIX プレステ・エミュレータ事件控訴審判決
Sonyプレステ・エミュレータ事件
■追記(06.2.15)
リバースエンジニアリングの法的評価をアメリカの判例を中心に
論じたものとして
椙山敬士「ソフトウェアの著作権・特許権」(1999)20頁、29頁、124頁以下
■追記(06.2.17)
いつもながら示唆に富む論考を寄せられている
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