H17.11.17 東京地裁 平成16(ワ)19816 著作権 民事訴訟事件


事案は、英国法人の蒸気システム制御機器メーカーが作成した技術的知見を表した図表と説明文について、バルブメーカーが無断でこれら著作物を雑誌に掲載したとして著作権の確認と複写等の差止、謝罪文掲載を請求したというもの。

結論的には一部認容
図表の著作物性は否定説明文についてのみ著作物性を肯定しました。
ただ、それ以外の請求は否定されています。


図表(チャート)は知財判決速報に添付されていないので文章からイメージするのが難しいのですが、ドレン滞留時の負荷率、外気温度の計測を簡便にするチャートで設計段階でドレン滞留による弊害を防止することができるというもの。

知人の空調設備CAD使い手に今回の事案のチャートのことを聞いてみると、蒸気のようなものを取扱う場合空気や液体と違って圧力、加熱といろいろ難しい問題があり、蒸気に限らないことですがチャートは設計上便利なツールだといいます。
原告としては、手間暇かけて作成したチャート等のフリーライドが許せなかった、というところでしょうか。

さて、図表(チャート)についての著作物性の判断ですが、



原告チャートを作成するに至った技術的知見ないしアイデア自体に独自性や新規性があるとしても,その技術的知見ないしアイデア自体は,著作権法により保護されるべきものということはできず,著作権法は,その技術的知見ないしアイデアに基づいて個性的な表現方法が可能である場合に,個性的に具体的に表現されたものについてこれを保護するものであり,原告チャートについては,その技術的知見ないしアイデアそのものがそのまま表現されているものといわざるを得ない。

なお,原告は,原告チャートについて,思想を単純な線によって簡素化した形にし,かつ視覚的に容易に認識できる形で表現したところに創作性があるとも主張する。しかし,原告チャートは,両縦軸と横軸に温度,圧力及び負荷率を設定し,ドレン滞留が発生するポイントを予測するための一定の技術的知見ないしアイデアに基づいて,そのグラフ内に一定のラインを引き,これによってストールポイント等を表示するというものであり,原告のいう創作性とは,かかる図表化を可能とするために,いかなる変数を採用するか,いかなる目盛り付けを用いるかという点についての工夫をいうものであり,これは技術的知見ないしアイデアにほかならず,創作的な表現の保護を旨とする著作権法の保護が及ぶものということはできない。』(知財判決速報より)




このように創作的な表現がなされているわけではないとして図表の著作物性が否定されています。

自然法則や科学技術に関する図表についてはまた、誰が作成しても同じようなものになってしまいますのでその創作性、著作物性が認められる範囲はかなり狭いと思われます(著作権法第2条1項1号、第10条1項6号)。


なお、図表を具体的に解説した説明文については著作物性が認められましたが、被告の著作物とは類似性がないとして著作権侵害は認めていません。
重要な用語について異なる用語を利用している、チャートの引き方をはじめとした説明内容、説明の順序、表現方法の点から全体としてかなりの程度相違していると判断されました。



ところで、著作権法第10条1項6号関係の判例では、設計図(「図面」)についてはいくつかありますが、本件のような学術的な性質を有する「図表」に関するものは珍しいかもしれません。
工業製品の設計図について、大阪地裁H4.4.30判決(丸棒矯正機事件)、東京地裁H9.4.25判決(スモーキングスタンド事件)参照。


H 4. 4.30 大阪地裁 昭和61(ワ)4752 著作権 民事訴訟事件(丸棒矯正機事件)


■追記(05.12.14)

学術的知見に関する図表について、
H17. 5.25 知財高裁 平成17(ネ)10038 著作権 民事訴訟事件参照。

5月31日にブログで取り上げています。